十三日目6
「さぁて、気を取り直して参りましょうか」
「きちくー、きちくー」
「酷いんです。私にあんなことしといて、次に行こう、だなんて、よよよ……」
フロシュエルが次の階層へさっさと行こうとすると、ピクシニーとウンディーネが引き止める。
まだひっぱるのか。と思いながらもウンディーネに申し訳ない顔を向けるフロシュエル。
といってもどうすればいいのかは分からないので、謝ることなく階段を上ることにした。
「あの、ありがとうございましたウンディーネさん、私の修行に付き合っていただいて」
「いや、ソレはいいんだけど……はぁ。頑張んなさいよ」
「はい。では」
溜息漏らしながらも応援してくれたウンディーネに手を振って、フロシュエルは階段を上る。残されていたピクシニーが慌てて追って来た。
ピクシニーを引き連れ最後の階層へと至る。
階段を昇り切ると、視界に映ったのは左側に存在する扉だった。
廊下と言うべきなのだろうか? 目の前の道は直ぐ先で行き止まりで、扉を開くしか道が無いようだ。
フロシュエルは恐る恐る扉に手を掛ける。
観音開きの扉を開くと、現れたのは聖堂のような広間。
ステンドグラスに光が差し、聖堂内を彩っている。
扉から真っ直ぐに向かった場所には女神像。なぜかハニエルを模している気がするのは気のせいではないと思われる。
そんな像の前に、一人の女性。羽を生やしていることから見て、天使だろう。
否、この塔に存在するのは地天使という存在らしい。
「てなー、きたよー」
ピクシニーがやって来たのに気付いた女性がこちらに振り向く。
柔らかなウエーブのかかった黄金色の髪がさらりと揺れた。
強気な顔立ちだが、今は微笑みを湛えている。
服装はフロシュエルが着ているような白一色のワンピースなどではなく、白銀に煌めく軽鎧を着ている。腰元には帯剣していて、まるで戦乙女と言われても納得しそうな荘厳さがあった。
ステンドグラスから降り注ぐ光の中を歩く姿に、思わずほぁぁと溜息が洩れる。
「貴女はいつでも楽しそうねピクシニー。それと……初めまして天使見習いさん」
にこやかに告げる女に、フロシュエルは呆然と見つめていた。
あまりにも綺麗だったために見惚れていたのだ。
反応の無いフロシュエルに、あら? と小首を傾げる女に、はっと気付いたフロシュエルは慌てて頭を下げた。
「は、初めまして、フロシュエル・ラハヤーハといいます。えっと、あの、その。皆様フローシュと呼んでおりますので、その、あの、それで……」
フロシュエルはなぜかしどろもどろで話してしまう。
自分でもなぜそこまで言葉が出て来ないのか理解できないまま、それでも必死に自己紹介。
ピクシニーと女が呆気に取られた顔をした後、女がクスリと笑い、ピクシニーが腹を抱えて笑いだした。
「ふふ、初めましてフローシュ。私はテナー・ピタ。地上で活動中の天使です。目的が達せられないせいでこの地に留まっているため地天使と呼ばれているの」
「てなーはだてんしたあにきぶんをたおしにきたんだよねー」
「はい。サマエルという堕天使を探しているのですが、全く見つからず……このような塔を作っていただいて地上暮らしをしているの。こういう俗世の暮らしに慣れてしまうと任務そっちのけでも良いようなしてくるから不思議ですよね。フローシュももし試験落ちたとしても天界に戻って消滅することなく私と暮らす選択肢もいいですよ?」
綺麗で凄いカッコイイ天使だ。と思っていたフロシュエルはあれ? っと首を傾げる。
言ってる事がなんだか天使っぽくない。神のために働くことなく地上で俗世に塗れながら生活したい? 試験ダメだったら一緒に地上で暮らそう。
言ってる事、堕天使に近くないですか?
そして気付いた。彼女が地天使と呼ばれている理由。
他にも地上で生活している天使は居るだろうに彼らは地天使と呼ばれることはない。
なぜなら任務が終われば天使に戻り天界に向うからだ。
では、地天使と呼ばれるこのテナーは?
おそらく、もはや天に戻る気はないのだろう。例え任務であったサマエルを倒したとしても、彼女はここで暮らすつもりなのだ。天に戻ることなく地上で生活する事を選んだ堕天していない天使。それこそが彼女が地天使と呼ばれるゆえんである事に、フロシュエルは気付いてしまったのだった。
「ふふ。信じられない? でもこういう天使としての生き方もあるってことよフローシュさん。堕天する程の事はせず、でも任務や天使の規律に縛られない生き方。ここで生活してると、ねぇ、テリタマとか、おいしいのよねぇ」
テリタマとは何の略なのか、フロシュエルは考えたくもなかった。きっとファーストフードとかなのだろう。俗世に紛れ過ぎだこの天使。
初対面での憧れにも似た感情は既に消え失せていた。フロシュエルのテナーに対する態度が変化したのは仕方無いと言える。




