十三日目5
「来ましたね天使見習い」
「今回は、簡単にはやられません。今宵貴女を越えさせていただきやす!」
「やすってなによふろーしゅ」
「あ、いえ、昨日の深夜任侠系の番組がやってまして……あれはあれでいいですよね。ちょっとファンになりそうです」
「うわぁ……」
「道を違えぬよう気をつけなさい」
テレビ番組がいいと言ったらピクシニーに白い目で見られてウンディーネからは心配されてしまった。これから闘う相手なのに心配されるのはどうなのだろう?
そもそもテレビに影響されたと言っても善悪の判断くらいは付くフロシュエルである。酷い話もあったものだ。
「それで? 今日はどのような戦法で私を倒しに来られるのですか?」
「ふふふ。まぁ楽しみにしてください。貴女を丸裸にしちゃいますよっ!」
魔力を込めて魔法陣を描く。
その魔法陣を見た瞬間、ウンディーネは血相を変えた。
「ちょ、ちょっと、ブラックホールは卑怯よっ!? あなた天使じゃなかったの!?」
慌てて水の中を逃げるウンディーネだが、発動した魔法が水を吸収し、彼女の居場所を奪って行く。
黒い小さな穴は周囲の水を吸い込み始め、渦を巻くようにして内部へと押し込んでいく。
ピクシニーが飛ばされそうになっていたのでむんずと掴んでおいた。
術者であるフロシュエルは吸い込まれないようなのだ。
「ひゃぁー。こりゃぁやばいっすわ。ふろーしゅ、きちくだねぇ」
「何を言ってるんですか。鬼畜とは悪い人の事でしょう。私は正義の天使になる見習いなのですよ、はっはっはー」
と、言いつつもフロシュエル自身ブラックホールの吸収力にちょっと冷や汗掻いていたりする。
まさかこれ程強力な吸引力があるとは思わなかった。
逃げようとするウンディーネだが、ブラックホールの吸引力と拮抗しているようで前に向えない。
その場で必死に前に向おうとするだけだ。
だが、その拮抗も周囲の水が無くなる程に崩れて行く。
徐々にウンディーネの身体がブラックホールに吸われ、泣きそうなウンディーネがフロシュエルを見た。
「こ、降参、助け……ぁっ」
だが、それがいけなかった。少しでも前に行こうとする以外の行動を取ってしまったばかりに、彼女の身体が水諸共ブラックホールへと引き寄せられたのである。
ウンディーネの絶叫が響き渡る。
彼女はブラックホールへとびたんっとぶつかり、周囲の水が吸われる中、彼女の身体だけがブラックホール手前で取り残されていた。
「おお、いきのこった!?」
「そりゃそうですよ。ウンディーネさんまで吸いこんだら大問題です。ちゃんとフィルター付けときました」
ウンディーネが吸いこまれた場合、サラマンダーの居る場所にどのような変化が起きたウンディーネが出現するか分かったモノじゃないので、ウンディーネだけを分離して残すようにフィルターの役割をする魔法を重ね掛けしておいたのである。
融合魔法を存分に活用するフロシュエル。思いついた事をちゃんと実行できる実力は、彼女の天性のものであることを、彼女自身気付いてすらいなかったが、その片鱗はしっかりとここに刻まれていた。
周囲から水が消え去り、ウンディーネだけが地面に乙女座りで取り残された。
余程恐ろしかったのだろう。泣きじゃくっている姿はイイ大人な容姿の彼女には似合わなさ過ぎてフロシュエルは申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「あー、よしよし、こわかったねー。ふろーしゅひどいねー」
「ピーちゃぁん酷いの、あの子酷いのぉぉぉっふえぇ――――っ」
何故だろう。勝ったはずなのに全く喜べない。
ウンディーネが落ち着くまで、しばらく呆然と佇むしかないフロシュエルだった。
ちなみに終始ピクシニーが意地の悪い顔でフロシュエルをチラ見していたのは気のせいだと思いたい。
「うぅ、殺されるかと思ったわ」
「流石に精霊さんを殺害とかはしませんよ。私天使目指してるんですから。堕天はしたくないです」
「そうだけど、そうなんだけど。見習いって結構考えなしのが多いじゃない。天使の中でも正義を勘違いした馬鹿が精霊殺して堕天とか結構あるのよ」
え、そうなんですか!? 思わず驚くフロシュエルに溜息を吐くウンディーネ。
こっちも命がけで貴女に付き合ってるんだから感謝しなさい。と言われても素直に感謝出来ないフロシュエルだった。
しかしだ。確かにフロシュエルに付き合って彼女の戦力向上をしてくれている皆だって、フロシュエルが暴走してしまわないように気を配っているのは確かだろう。
新人というのは時として想定以上の失態を引き起こすのだ。ソレをカバーできるのは付き合ってるベテランの皆だろう。
その点、ウンディーネ達精霊は一点に関しては優れているが、弱点を突かれると非情に弱い存在だ。フロシュエルのような新人が手加減できる訳も無く、油断すれば自分の死が隣にチラついているのである。
それでもフロシュエルに付き合ってくれているのだから感謝するべきなのだろう。




