十三日目1
「え? 学校に、ですか?」
「そう、小影ったら弁当忘れて行っちゃって」
炊事場で食器を洗いながら小影の母親が言う。
ダイニングテーブルに乗っかった可愛らしい弁当箱をフロシュエルは眺める。
どうやら自分に持って行けと言う事らしい。
時間的には少し遅れる程度なので別に持っていっても龍華たちを待たせることにはならないだろう。
持っていかないと小影も困るだろうし、これは一つのミッションとしてやるべき事柄のような気がして来た。
フロシュエルは弁当を手にすると、行ってきますっと家を後にする。
自分で作った地図を見ながら学校に向う。
学校に来るのは初めてだ。
校門前まで来ると、改めて校舎を見上げる。
かなり大きな校舎だ。三つも連なっているらしい。
「おや? 我が校に何か御用でございますか?」
メガネと光るデコの学生が、フロシュエルに気付いて声を掛けて来た。
校門前で立っていた彼女は、風紀委員という腕章を右腕に付けている。
きらりとメガネを光らせ、不審者見つけたり! といった顔でフロシュエルに詰め寄る。
「あ、はい。忘れ物を届けに来ました」
「弁当、ですか? ……怪しい」
「ええっ!?」
「弁当といいつつ、実は爆弾で我が校を爆破するためにきたサイレントボマーね!!」
意味が分かりません。叫びそうになるフロシュエルだったが、想定外過ぎる指摘に開いた口が塞がらず声がでなかった。
「私にはわかります。貴女は犯罪者ですね! 警察、警察を呼ばないと! 先生ーっ」
「ちょっ、えええっ!?」
「あれ? 見習い君じゃないか」
先生を呼びに走り出そうとした女生徒が、親しげに話しかけて来た男子生徒の登場で止まる。
「あら、こちらの方はお知り合いで?」
「ええ。確か二年の小影さんだっけ? の所に居候してる娘だよ。何? 忘れ物届けに来たんだ」
「ん、んんっ。そうですか。どうやら証言は証明されたようですね。では学校へ入ることは許可致しますが、あなたがきちんと送り迎えをするように」
と、恥ずかしそうに去っていく女生徒。
男子生徒にフロシュエルを案内するように告げると校門前へと戻って行った。
「あ、あの、ありがとうございました……」
一応、助けて貰った手前、お礼は言っておく。
しかし、素直に有難いとは思えなかった。
何しろ助けてくれた相手は……魔統王ロスト。
「随分と警戒するね見習い君」
「そ。それは……あなたが、魔統王ロスト、でよいのですよね」
「ふふ。まぁ僕の事なんてどうでもいいじゃないか。さぁ、案内するよ。聖小影の教室はこっちだ」
ロストは警戒するフロシュエルを放置して歩き出す。
少し迷ったフロシュエルだったが、ハニエルの話では彼は天使から見逃されている存在。わざわざフロシュエルを騙し打ちして亡き者にすることはないだろう。今のうちは……
「あの、ハニエル様から聞きました。大天使と魔王には密約があると」
「密約……? ああ、暗黙の了解って奴か。ああ。彼らは知ってるよ僕がここにいることはね。初めに気付いたのはハニエルだけど、そこから交渉に至って一応このまま学生生活を続けられている。なぜか、分かるかい見習い君?」
「え? えーっと、あなたが無害、だから?」
「逆さ。僕と闘えば天使側が大損害を受けるから、交渉と称して僕に戦争起こすような真似はしないでくださいね。とお願いしているのさ。交渉決裂は僕が何らかの問題を起こした時。それが無ければ天使たちは僕を放置する。そう決めてるだけさ。そもそも僕が表舞台に出ればファスト神もでてくるだろうし、人間界が滅ぶんだよね。僕、人間界気に入ってるから、気に入ってる間は問題を起こす気はないよ。むしろ他の悪魔どもが悪さし過ぎないようにこっちで見張ってるくらいさ」
いい奴だろう? そう告げるロストをフロシュエルは素直には頷けない。
つまり、彼の気まぐれで安全が保障されているだけで、何かしら気を損ねただけで大戦争はいつでも起こると言われているようなモノである。
「で、でも、それなら暗殺の可能性が……」
「天使共がするかね? 堕天覚悟でしてみるのも有りだろうけど、僕が上に立つことで押さえられている魔王達が好き勝手したらそれこそ未曾有うの事態になるんじゃないかな?」
フロシュエルは少し考え、その言葉に納得する。
確かに、ロストが人間界侵略をしようとしていないのならば、そのことで魔王達を統制出来ているうちは天使達にとってもロストは君臨して貰っていた方がいい存在である。
彼がいなくなれば魔王達は次は自分がと争いを始め、人間界など気にせず蹂躙し己が領地にしようと攻め寄せるだろう。そうなれば天使と悪魔の戦争は確実に起こる。
それも全ての天使と悪魔の終わりなき終末戦争だ。
「ままならないものですね」
「悪であることは認めるけどね。ソレを除外することで被る被害が大きくなるのならば、それは必要悪なのではないかね見習い君」
つまり僕は双方になくちゃいけない存在なのさ。と宣うロストに、フロシュエルの頭は考え過ぎでショート寸前になるのだった。




