試験の試験1
本日二話目 三話目は七時以降です。
「資料じゃ最低クラスの能力だって聞いたけど?」
小影は遠慮などかけらもせずに、フロシュエルの気にしていることをずばりと聞いた。
見えないランスがフロシュエルの心臓をぐさりと抉る。
うぐぅっと呻きそうになったが何とか耐えきった。その程度の悪口でへこたれるフロシュエルではないのだ。
「あ、はい……まぁ」
「はいここ。私の家」
と、右手の家を指差して小影が答える。フロシュエルの返事は完全無視だ。
世間話程度のどうでもいい会話だったのだろう。
フロシュエルとしてもわざわざ続けて自分をさらに卑下されたくもないので返答はしないでおいた。
何のことは無い周囲と大差の無い家だ。
小さな庭があり、正門には格子、ネームプレートには聖と書かれ、郵便受けが横に塀の中に設置されている。
「いい家ですね。愛着湧きそうです」
とは言ったものの、周囲との区別はネームプレートで判断するしかなさそうだった。フロシュエルにはどれも同じ家にしか見えない。
フロシュエルの知能では、おそらく一度離れれば戻ってくる事も不可能だろう。
周囲の特徴的な何かを覚えようにも、皆同じ家にしか見えない。
とりあえず、明日までに小影との連絡手段を確保した方が良いな。とフロシュエルは黙考する。
ファニキエルがこの世界に来る時の豆知識として与えてくれた知識の中に、携帯電話という名前の離れた相手と電話連絡出来るものがあると聞いたのを覚えている。
なんとか交渉してソレを手に入れたいと思うフロシュエルだった。
「部屋は二階の左側。ハニエルが空けといてくれてるはずだから。空けてくれてなくても勝手に使って。ハニエルの私物は捨てていいから。ええ。全部遠慮なく捨てていいから」
そう言って小影さんは自分の家を通り過ぎる。
黒い笑みが一瞬見えたのは気のせいだろうと思う。
フロシュエルが一瞬感じた悪寒もきっと勘違いだ。
「あ、あの……家に入らないんですか?」
「説明するって言ったでしょ? 今からの道順を覚えてね」
何の説明かも良く分かっていないフロシュエルは小首を傾げる。
道順を覚えろと言われても一度で覚えきれるはずもない。
フロシュエルはそう思いながらもとりあえずこれから何を教えられるのかを聞くことにした。
「あ、はい。えと……どうしてでしょう?」
フロシュエルの言葉に脱力したように小影が肩を落とした。
「いい? 今から試験のための研修……まぁ試験の試験って奴ね。について説明していくから、とにかく道を覚えなさい」
「あ、試験の、はい。了解です」
軍式の敬礼でやる気だけを見せるフロシュエルにため息をつきながら、小影が歩き始めた。
フロシュエルも小走りについていく。
周りを見回したり、小影に離れまいと走ったり、慌しいことこの上なかった。
小影の家から真っ直ぐ向かった付き当りの家に辿りつくと、小影が家を指差す。
こじんまりとした二階建の家だ。ネームプレートは『小出』となっている。
この家がどうしたのだろうか? フロシュエルは小首を傾げながらも、とりあえず場所を覚える。
といっても小影の家からは左方向に真っ直ぐ来ただけなので覚える程でもないのだが。
「ここが小出さんの家。覚えたら次はこっち」
小出さん宅の道を右に向って行く小影。
フロシュエルも慌てて後を追って行く。
次に来たのはアパートだ。紅葉荘というらしい。
このアパートの左側からやってきた小影とフローシュは、右奥に位置する部屋に向う。
小影が指差したのも右奥の部屋であり、ここはネームプレートが存在していなかった。
気のせいか、この一室の周囲だけ空気が淀んでいる気がする。
瘴気が発生しているわけではないが、負の空気だとフロシュエルは確信した。
「ここがバロックさんの家。じゃあ次は井手口さんのとこね」
紅葉荘を通り過ぎて少し向うと、また小じんまりしたトタン屋根の家に辿りつく。
コンクリート塀で囲まれたこの家は他の家と比べてちょっと頑丈そうだ。
ただ、入口から見える周囲が殺伐とした荒野というか、地面がでこぼこになっていたり、玄関前の石畳に血が乾いて黒くなったような飛沫跡が付いている気がする。
「ここが井手口さんの家」
そう告げた小影は再び歩きだす。
しばし呆然と井手口家を見つめていたフロシュエルは、弾かれたように走りだすと小影を追うのだった。
「ここが公園。田辺さんが屯ってるわ」
屯う?
フロシュエルの疑問に答えが返ってくることはなく、小影はさっさと次に向って行く。
次に来たのは再び他の家と変わらない木造建築。
年季の入った家の門には、清水と書かれたプレートと共に、猛犬注意のステッカー。
猛犬ってなんだろう? フロシュエルは首を傾げながら小影に付いて行く。
その歩みはなぜか清水さんの敷地内へと無断侵入しており、フロシュエルが気付いた時には、既に二人は清水家の中庭に侵入済みだった。