九日目4
「さて、では本日は火魔法に付いて教えようか」
「おー、火ですか」
森の中だと周囲に燃え広がるので危険だったが、ここならそこまで危険はない。
最悪小影の家が火事になるだろうが、そうなれば小影も必死に火消しに走るだろう。
そもそも何をするかは小影に伝えてあるし、許可も貰っているので問題はないはずだ。
「さて、まずは小影だったか、あの人間から貰った火起こしグッズとやらを一つ一つ試して行こう。我も人間の考えた道具を見る機会はなかなかないのでな。楽しみにしている」
まずフロシュエルが手に取ったのはマッチ箱だ。
箱を見まわしどうやって使うものなのかを推測する。誰も教えてくれなかったうえに扱うのはフロシュエルとブエルの常識を知らない二人なのである。
一応、見学者として小影とハニエルが縁側でお茶をたしなんでいるが、フロシュエルに教えようとする気配は全く無かった。
しばらく見回していると、側面がスライドする事に気付いた。
片面を指先で押し込むと、逆面がひょこりと飛びだし、内部に赤く丸みを帯びた先端を持つ棒が現れる。
一本取り出しブエルと二人で物珍しい顔で眺めまわす。
「あの、小影さん、コレなんですか?」
「それがマッチ。赤い部分はリンという金属よ。それが燃焼材になるの」
これを何かすれば燃えるのだと言う。
何すればいいのかは当然ながら教えてはもらえなかった。
ブエルと二人で考える。
「そうだな、まずは振ってみるか」
ブエルに言われるままにマッチ棒を振る。
空中で振られるマッチ棒は、全く燃える様子が無い。
「ふむ。ならば突き刺せば燃えるとか?」
地面に突き刺してみる。地面から突き立つ棒は、小さな虫の御墓にしか見えなかった。
当然ながら燃える気配はない。
土から引っこ抜き、今度は水に付けてみる。
小影があ~っとやっちゃった。みたいな顔をした。
どうやら間違えたようだ。
「フローシュ。その一本はもうしけって使えないから次の使いなさい」
「え? でも……」
「ふむ。水には弱い。というわけだな」
成る程、と納得したブエルはしけったマッチを貰い受け足で挟む。そのまま移動してゴミ捨てを、と思ったのだろう、移動の際に真下に来たマッチがぽきっと折れた。
何とも言えない空気が漂ったその場に、ただ一人気付いてないフロシュエルが新しいマッチを取りだす。
「何してるんですかブエルさん。ほら、新しいマッチ……ッ!?」
地面に蹴っ躓いたフロシュエルが倒れ、ブエルの身体に偶然マッチが擦りつけられた。
しゅぼっと摩擦熱で火が着いたマッチと、摩擦により足の裏を擦られたブエルの悲鳴が上がる。
想定外の状況を見せつけられ、小影が思わず茶を吹いた。
「な、何をするか見習いっ」
「すいませんすいませんすいまあっつぁ!?」
根元まで燃えたマッチの熱さに思わず放り投げるフロシュエル。
燃えたマッチがブエルの足裏に落下する。
「あっづぁ!?」
飛び上がった車輪魔王に小影とハニエルが爆笑して笑い転げる。
マッチを揉み消したブエルはムッとした顔でハニエル達を睨んだ後、フロシュエルを睨んだ。
「ワザとでないことは分かる。しかし次はゆるさんからな」
「す、すいません」
「それと小影、他の品物についての使用法をコイツに教えろ。でなければ勢い余ってこの地一帯を消し飛ばしてしまいかねん」
「へーい」
さすがにブエルが本気で怒りかねないと踏んだ小影により、簡単なレクチャーが始まる。
そしてフロシュエルはライター、爆竹、打ち上げ花火、アルコールランプなど幾つかの炎についてその実物を見ることが出来た。
ちなみにアルコールランプは小影の学校からの無断拝借なのだが、フロシュエルはそんな事実は知るよしもない。
「さて、では炎の魔法を思い描いて見よ。まずは簡単なラ・ギの魔法だ。火の弾を作り出し飛ばすイメージだ」
火の玉。それは小影が持って来た道具の中に一番想像しやすいモノがあった。肝試しに使われるファイアーボールである。
フロシュエルには原理がよくわからないが、燃える液体を染み込ませた布を丸め、糸で吊り、布部分にライターで火を付けることで燃える火球だ。
それを想像しながら掌に炎の玉を浮かべるイメージ。むむむっと唸っていると、それはやがて形となって現れた。
フロシュエルの掌にしっかりと出現した青い焔の塊だ。
「色が違うが一応成功だな。これがラ・ギ全ての火魔法の原型だ」
青く揺らめく炎の塊に、しばしフロシュエルは見とれた。
まるで引き込まれそうなほどに激しく燃える炎の塊。
しばらく見ていて、ふと気付いた。
「あの、ところでこれ、どう処理したらいいですか?」
「試し打ちすればいいのではないか?」
「庭を破壊したら罰金だからねー」
手にした火魔法をどこに投げればいいのか、フロシュエルの苦難はまだ始まったばかりである。




