九日目3
どうして、こうなったのだろう?
フロシュエルは目の前でにこやかにほほ笑む黒い笑顔の小影を見ながら、生きた心地無く椅子に座って固まっていた。
ダイニングルームで机を挟んでフロシュエルと小影が対面に座り、二人の隣、フロシュエルから見て右側には顔に五つの足がくっついた生物がお茶を飲んでいる。
といっても、さすがに湯のみは持てないのでストローをつかっているのだが、その辺りはどうでもよかった。
「あの、えーっと、怒ってますか小影さん」
「怒ってると思う? 怒られるようなことしたのかねフローシュ君」
怒っていた。そりゃあもう物凄く怒っていた。
それはそうだ。フロシュエルは天使や聖戦士にとって憎き仇敵を自分が居候する家に連れ込んでいるのだから。
魔王ブエル。彼は小影の家でずずずと日本茶飲んで一服していた。
「こりゃまたカオスな光景ねぇ」
連絡を受けて慌ててやって来たらしいハニエルが現れる。
消滅を言い渡されないか戦々恐々のフロシュエル。ハニエルがブエルの対面に座ることで天使と悪魔と人間が同時に存在する家族会議が始まった。
「魔王がこの世界に来てるとはね~。ブエル、あんたがこっちに来るなんて珍しいじゃない」
「ハニエルか。相も変わらず惰眠でも貪っているのだろう。貴様はそのうち堕天する筆頭候補だろうな」
「煩いわね。私はちゃんとやることやってからサボってるのよ」
サボってる自覚はあったのか。よく昼寝している姿を見かけるという噂が本当だったと知ったフロシュエルは思わず呆れてしまった。
といっても、出来るハニエルと自分を比べると雲泥の差で、自分がサボるのと彼女がサボるのは意味が違うと納得してしまう。
やるべきことをしてからじゃないと自分は堕天以前に消滅の危機なのだ。サボれるはずがない。
「我がこの世界に来たのは丁度次元の割れ目があったので試しに入ってみたらこちらに出たというだけだ。残念ながら戻る術も分からんし、下手に戻れば天界に感知されかねんからな。おそらくだが、少し前に気配が消えたベリアルが通った穴だと思う」
「それって、ベリアルも一緒にこの地上に来てるってこと?」
「そのはずだが、気配が消えたのでな、大かたどこぞの天使に討伐されたか魔統王の逆鱗にでもふれたのだろう。魂も魔界に返されたようだし、再出現には今しばらく掛かるだろうな」
「そう、なら安心……ってなるかぁっ! 魔統王!? アレこっち来てるの!? ちょっとそれ初耳!」
「当然だろう。天使に知られれば条約がどうのとややこしくなる。どうせ人間界に迷惑をかけるつもりはないらしいし、社会見学とか言っていたからな。学校生活に興味があるらしいぞ」
魔界の覇王が学校生活……
フロシュエルは意味不明な単語に混乱した。
「あー。そういえばなんか噂聞いたことあるなぁ。ウチの学校いるかもしんにゃい」
「成る程、道理であの学校魔穴が多いはずね。やったわね小影ちゃん!」
「死の危険が高いのにわざわざ深入りしますかっての。で、とりあえずこの魔王どうするの?」
「そうね。ブエルは比較的温厚な性格だからこっち来ててもそこまで危険はないのよね。フロシュエルの魔法を見てくれるっていうのならお願いしても良いかもしれないわね。その代わりに見逃してあげてもいいわ」
「この小娘のお守役か。魔王に頼むことではないな」
溜息を吐きブエルはフロシュエルを見る。
少し考え、ふむ。と頷いた。
「だが、まぁ放置するには少々危ういのは確かか。乗りかかった船、他の天使に報告が行かないというのであれば今しばらくの漫遊と引き換えに小娘のお守を引きうけるのもやぶさかではない」
「回りくどい言い方しないでほしいなぁ。ちぇっ、魔王倒せばお金たんまりだってのに。まぁいいや、とりあえずどうせ暇だってなら私の行けてない回収場所にお金回収しに行っててくれない? 最近あんまり借金回収できてないからさ、魔穴塞ぐの多いんだよね。どっかの魔族どもがこぞってこっち来てるせいで。チラッ、チラッ」
そう言えば、最近全く借金回収してないなぁ。
フロシュエルは漠然とそんな事を思い出す。
確かに龍華に行かないように言われた訳だが、ずっとという訳ではなくこれから借金回収を行わなければならないのだ。
未だに一つも回収できていない。
今のうちにやり方を幾つか書きだしておくべきかもしれない。
ただただ流されるままに修行しているだけで終わると消滅しか待っていないのだ。
修行は目的じゃない。強くなるのは過程で、借金を返して貰い、小影の課題に合格する事が目的なのだ。そして最終目標は天使試験の合格である。
「とりあえず、家に帰ってからフローシュはブエルに魔法を教えてもらう。魔王に教わるんだから使い魔程度に教わるより断然速く身に付くはずよ」
小影は案外ひどかった。
ピクシニーに心の中で謝りながら、ブエルから魔法の個人レッスンを受けに向うフロシュエルだった。




