九日目1
「おはよーございます」
フロシュエルは本日も元気いっぱい龍華に挨拶をしていた。
本日は新しい教師が来るらしい。
否、既にその人物は直ぐそこに来ていた。
綺麗な長い髪の女の人だ。
座禅を組んで目を瞑り、どうやら瞑想しているらしい。
直ぐ横に居た龍華は暇そうに木蔭で休んでいる所だった。
「ピクシニーは遅れるそうだ。向こうで何かあったらしい。友人が危篤なのだそうだ」
「危篤……ですか?」
「うむ。あと昨日報告された妖しい人物は斬っておいた。もう魔王召喚など行われることはないだろう」
「それは良かったです」
「ただ、既に召喚された後の魔物どもはまだ森の中だ。今日から一掃していくからあまり森には近づくな。間違って切り裂いても文句は聞かんぞ?」
何ソレ怖い。
フロシュエルは怯えながらもふと気付く。
昨日は会わなかったがブエルも森にいるのだ。下手したら龍華とブエルの激闘が始まるかもしれない。
それはそれで見てみたい気もするが、フロシュエルに魔法を教えてくれた恩がある。
現状を教えるくらいは問題無いだろう。
「さて、それでは始めるか、おい下田」
名前を呼ばれ、新しく来ていた女性が目を開く。
立ちあがった彼女は鍛え抜かれた綺麗な四肢を動かし、フロシュエルへと近づいて来た。
「下田完全という。今日からよろしく」
凛とした言葉にコクリと頷き、ぼぉっと容姿に見惚れる。
はっと我に返ったフロシュエルは慌ててお辞儀と共に名乗りを返した。
「はぅっ、す、すいません。フロシュエルと申しますです。よろしければフローシュとお呼びください」
「ふむ。フローシュね。では、早速基礎体力を見せてもらうわ」
言うが早いか、礼を終えたフロシュエルの額にブスリと突き刺さる完全の指先。
おぅっと呻くフローシュ、一瞬頭蓋骨を貫き突き刺さったかに思えた指先が引き抜かれると、フロシュエルに外傷はなかった。
額をさすろうとしたフロシュエルだが、突然、なぜか身体が勝手に動いて腕立て伏せを始めてしまう。
意味が分からず戸惑いながら自分の体力を越えた腕立て伏せを行った彼女はさらに腹筋に取りかかる。
「第二人中(仮)という秘孔を突いた。筋力が千切れる寸前まで体力を使う。それまでは自由に動けないからしばらく頑張って」
「ど、どういうことですかーっ!?」
「彼女は暗殺拳の使い手らしくてな。お前の基礎体力を鍛えるのにもってこいと思って連れて来た。格闘技術に付いても教えてくれる。肉弾戦は彼女に任せることにした。私が教えるより効果的だそうだからな」
どうやら鬼教官ではなく殺戮教官だったようだ。
フローシュは己の不幸を呪いながらも身体をイジメ抜く。
手と腹が終われば次は足、限界までスクワットを行い、性も根も突き果てたフロシュエルは、その場に寝転び、そこで身体の自動操縦が切れた。
後に残るのは全身を苛む痛みと重さだ。
指先すらも動かなくなっている。
まだ30分も経っていない。なのに全身の筋肉を酷使してしまっていた。
「これで回復魔法を掛けたらいいのだったか?」
「いや、この後ツボを一つ突かないといけないの。もうちょっと待って。もう少ししてからじゃないと筋肉が逆に収縮しちゃうから」
ゆっくりと近づいて来た完全は、フロシュエルの両足を割り開く。
なんの辱め!? 驚くフロシュエルを放置して、完全は両太腿の付け根に向け、思い切り親指を押し込んだ。
「おぅはっ!?」
「フローシュさん、自分に回復魔法、早く!」
痛みで頭が真っ白になるフロシュエル。耳元に届いた完全の声に反応するように半ば本能で回復魔法を掛けていた。
フロシュエルの身体が回復する。だが、ただ回復しただけではなさそうだった。
自分の身体が朝よりも軽い。
「これを毎日続ければ龍華の望む身体づくりは数日もいらんだろう」
「すまんな下田。出来ればそのまま体術を教えてやってくれ」
「分かっているわ。まずは体幹から矯正していきましょう」
それから何度も秘孔という秘孔を突かれるフロシュエル。
その度に確かに身体が直されているのは理解できるのだが、時々突く秘孔を間違えるのは勘弁してほしかった。
一度など半身不随になって焦ったのだ。秘孔の恐ろしさというものを理解したフロシュエルは、また一つ大人になれた気がした。
肉弾戦も奥が深い。基本的な動作を習いながらフロシュエルは自身の身体の効率のいい動かし方を覚えて行く。
他の天使達もこんな事を習っているのかな? と半ば間違った知識を植え付けられながらも、少しずつ、確実に実力を付け始めていた。
ただ、やはり龍華との組手もどきの私刑式だけは勝てる気がしない。
完全とも組手を行いはしたが、彼女は適度に手を抜いてフロシュエルが付いていけるギリギリを考えているのに対し、龍華は全力で潰しに来るのでフロシュエルは殆ど回避することしか考えられないのだった。




