八日目2
やはり、ピクシニーは酷いと思う。
理不尽に怒ってくるし、告げて来るのは無茶振りだし、教えは感覚的で分からない。
そして出来ないとまた怒る。
教え方が悪いのだがフロシュエルとしてもなんとか理解したいと努力しているのだ。
怒られるのは筋違いだと思う。
龍華も苦笑気味なのでフロシュエルが悪いわけではないはずだ。
なんとかピクシニーによる講義を終え、お昼休憩。
今日も今日とて田辺さんの差し入れを貰う。
悔しいことに、田辺さんは本当にいい人にしか思えなかった。
わざわざフロシュエルのお昼を買って来てくれるのだ。
差し入れをこんなにされると五百円返せなど言えなくなってしまう。
どうやって返して貰えばいいんだろう? フロシュエルには無理だとしか思えなかった。
確かに、龍華たちの御蔭で技量はそれなりに上がっていると思う。
でも、ダメなのだ。彼女たちは戦闘力に特化してても舌戦に特化した存在ではない。
フロシュエルにはまだ足らない物がある。だけどソレを何とかする術を持っていない。
焦るべきじゃないのはわかるが、それでもついつい焦りが生まれてしまう。
けれど、今はそんな思いも全て忘れなければならない。
何しろ、龍華の連撃を本気で避けなければ死ぬのだから。
「にぎゃあああああああああああああああっ!?」
サクッと頭に刺さった鎌を感じで思わず叫んだフロシュエル。
ぴゅ~っと吹き出る血にパニック起こすが、龍華は気にした風もなく、すまん、手が滑ったとかいうだけだ。
右往左往するフロシュエル。頭から徐々に冷たくなっていく感じがしてさらに焦る。
「ほーい、ようせいのこな~」
そして楽しげにパラパラと羽から粉を零すピクシニー。
フロシュエルの頭に粉が掛かっている。
回復魔法を唱えればいいと気付くのは、それから一分ほど走りまわった後だった。
殺される。
自分はそのうちこの二人に殺される。
思わずそんなことを思ったのは、きっと間違いではないはずだ。
「よし、落ち着いたら再会を……ん?」
不意に、フロシュエルの横に視線を向ける龍華。
がさがさと茂みが揺れる。
なんだ? と思った次の瞬間、茂みから現れる二足歩行の犬。
「おぉう、こぼると……?」
「がぅッ!」
「ふむ。丁度良い、フローシュ、お前がやってみろ」
「へぅ!?」
コボルトと呼ばれた二足歩行の犬面人は舌を垂らしながらフロシュエルを見ていた。
思わず頬を抓るフロシュエル。残念ながら痛かった。龍華の鎌で気絶して幻覚を見ている訳ではないらしい。
なぜ現実世界に普通にファンタジー生物がいるのか意味が分からず呆然としていると、先にコボルトが動いた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
「ぴゃっ」
大きく口を開き、叫ぶ。
あまりにも恐ろしい声に思わず身体が竦んだ。
丁度休むために座った状態だったので、もはや動くことすらできなかった。
ガタガタ震えたままのフロシュエルに、涎を垂らしながらコボルトが飛びかかる。
「ラ・グ」
思わず目を瞑った瞬間、フロシュエルを電撃が襲う。
「ホーリーアロー!」龍華の叫ぶような声に、反射的にフロシュエルは目の前に向けてホーリーアローを放った。
断末魔の悲鳴はどこからも聞こえなかった。
いつまでたっても飛びかかって来ないコボルト。
恐る恐る目を開く。目の前には、ぐらりと傾ぐ犬の下半身があった。
呆然とするフロシュエルの前で、それはどさっと地面に散らばる。
「おお、いちげき!」
「よくやった。威力は申し分ないな」
「はぇ? え? これ……」
「こぼるとげきは~。やったじゃんフローシュ」
倒……した? 私が? 残っていた下半身も闇に変化するように消え去っていく。
思わず自分の掌を見る。目を瞑ったままだったけど、確かに放ったのだ。全力のホーリーアローを。
周囲では小さな闇が空気に溶けるように消えるのが見えた。
倒したのだ。自分が、フロシュエルが、あんな凶悪そうな魔物を撃破出来たのだ。
あっと。思った瞬間、目の前が滲んだ。
嬉しさで涙が溢れて止まらない。
自覚できる勝利に、涙が零れ地面を濡らした。
「フローシュ。お前は落ち零れなんかではない。立ち上がれ。自身を磨け。お前を立派な天使に導いてやる」
「まほうだってまかせなさい。しゅくてきそだてるのはへんなきもするけど、りっぱなまほうつかいにそだててあげるっ」
「……はい。はいっ。龍華さんっ、ピクシニーさんっ」
なんだかようやく自覚出来た気がした。
じぶんでも成長出来るということが、それを実感できるということが、これ程に嬉しいことだという事を。
大丈夫、自分はまだやれる。もっとやれる。皆の期待に答えられるように、立派な天使に成れるように。
フロシュエルは、もっと強くなりたいと、今、本気で願い始めていた。




