羽付き少女迷子風味
本日も三話投稿予定。
二話目は多分夕方ぐらい?
「ほへぇ……」
行き交う人に紛れた少女が周りに広がる光景に感嘆の意を洩らした。
立ち並ぶビルの群れに囲まれた広い道路。
その道路を高速で走りぬける数多くの鉄の塊。
人々はそれらを避けるように道端にできた歩道を歩いている。
金色の髪をなびかせて、彼女も歩道に立っていた。
風を受けてたなびく髪は、キラキラと軌跡を残し、通りすぎる人々の目を集めていた。
少し横に行ったところには歩道橋があり、彼女の目の前には横断歩道があった。
目の前にある横断歩道の横には、ガブリエルから教えてもらった信号というものが存在し、今は赤い色を灯らせている。
フロシュエルは多くの人に囲まれながら、その信号が変わるのを待っていた。
着ている服は白で統一された聖衣。黄金色のしなやかな髪は、人々の好機の視線を集める。
人間世界に初めて降り立った彼女にとって、ここは全く未知の領域だった。
だから、人間の行動を見て、自分もそれに習うしかない。
なのに、彼女が珍しいのか全ての人間が彼女に注目していた。
行動を真似ようにも自分を見ることはできなかった。
仕方ないのでフロシュエルはじろじろと見られる気恥ずかしさを覚えながらも自分も相手を見返すしかなかった。
だけどやっぱり恥ずかしかった。
どうにもならないので、青く透き通った瞳を遥か高くに浮かぶバルーンへと向ける。
バルーンには新春大特価セール中と書かれた布がぶら下がっていた。
「なんというか……凄いです……」
呟きが漏れでた瞬間、それまで立ち止まっていた人間たちがいっせいに動きだす。
「え? あ、あの……ひゃわわ……」
まさに波。
中心にいた彼女は抗うことすらできず慌てた表情のままに押し流されていく。
向こう岸に強制的に運ばれたフロシュエルは、一息つくと、改めて周りを見回した。
「ええと……このどこかにハニエル様がいらっしゃるんですね……確か……」
袖の中に入れたはず……と袖から紙を一枚取りだす。
紙にはどこかを表した略地図が載っていて、だけど彼女の今いる場所を書いているものではなかった。
既に教えられていたはずのスタート地点から一直線に書かれていると言い含められていた道からは外れていたのである。
つまり、この地図が示す場所には、自力で辿りつかなければならないということでもある。
「役に立ちそうにないです……こちらに行ってみましょう」
人々の視線に晒されながら、フロシュエルはゆっくりと歩きだした。
その後姿を見て、子供が呟く。
「ママ、あの人羽が生えてる」
「放っておいてあげなさい。いろいろ事情があるのよきっと……街中でコスプレなんて初めて見たわ……」
お母さんは小声で子供に言い聞かせ、足早に去っていった。
「……ここ……どこでしょうか?」
家々が立ち並ぶ通りの一角で、フロシュエルは立ち止まっていた。
人間界に着いてからすでに四時間弱。彼女は迷っていた。
完っっっ全に迷っていた。
周りは塀が隙間なく立ち並び、まるで箱の中を歩いている気さえしてくる。
しばらく歩き回ったものの、力なくその場に膝を付いた。
さらに両手を地面につけて嘆き始める。
「なんですかこの迷路は……どこまで行っても同じです。ああ、きっと私は無限回廊に迷い込んでしまったのですね……これが悪魔の遣り口ですかっ!?」
横の塀は右が煉瓦。左は鉄製の柵。少し先はコンクリートの壁などなど、色とりどりの塀ではあるが、行き止まりや横道はなく、ほんとに長い一本道だった。
ただの街中の通路でしかなく、迷う筈も無い場所なのではあるが、フロシュエルにとってはこれでも迷路としか言えない存在である。
「きっと私はこのままたどり着けなんてしないのです。この回廊を巡り巡って野垂れ死ぬ運命なんですね……ああ、なんて可哀想なフローシュ」
まるで自分の世界に入ってしまったように涙ぐみながら顔を上げる。目の前にいる人と目が合った。
気まずさと恥ずかしさで硬直する。
赤みがかったショートへアにゴムとヘアピンで左側をぴょいんと立たせ、寝惚け眼に呆れをプラスしたような少女が、フロシュエルの前にいた。
「え、えっと、これはですね……劇の練習といいますかなんというか」
フロシュエルの弁解にため息を吐きだして、少女は手を差しだす。
「いやまぁ……落ちこぼれだっていうから予想はしてたけど。始めまして、天使見習いさん。聖小影。ハニエルの代理で迎えに来たよ」
「え? あ、はい。そうですけど……どうして天使だって……」
「羽……見えてるよ。隠しとくように指示されなかった? 目撃証言多数だから直ぐ居場所がわかったわ」
指摘されたことでようやく気づく。
本来天使だと悟られないよう翼は絶対に隠して人間界へ向うのである。
一度しまったつもりのはずだったが、何処で隠蔽が解除されたのか、フロシュエルは慌てて教えられた隠蔽用の道具を使う。
神技でできればよかったが、彼女では覚えられなかったからである。
神技はイメージ力だとは言われたが、どうしても翼を隠すイメージが湧かなかったのだ。
代わりに貰った聖なる指輪を起動させることで羽を隠蔽できるのである。
「は、はわわわわ、私ったらなんてドジさんをッ!」
「と、とりあえずよろしくね天使見習いさん」
「あ、はい。わ、私、天使見習いのフローシュ……ああ、じゃなくて、フロシュエル=ラハヤーハです。その、よくフローシュって言われるのでそう呼んでください」
羽を見えなくさせて、ようやく自己紹介を済ませる。
どもったりとちったり忙しないフロシュエルに、さすがに小影も眉根を寄せた。微笑みに苦みが混じってしまうのも仕方のないことだった。
「結論……こりゃ強敵だ。なかなかやりがいありそうだね全く」
不思議がるフロシュエルを尻目に、小影が踵を返す。
「付いてきて。いろいろ説明したりするから」
「あ、はい。お願いします」
少し遅れてフロシュエルは小影の後を追った。