七日目5
「むーっ」
うねうねと動く土の塊が目の前にあった。
既に夜遅くなっていたけど集中したらすぐだ。
時間の経過が余りにも早くて驚きだったが、そろそろ行けそうな気がする。
「いっけーっ!」
ぷちんっと土の塊が一部途切れ、球体になる。
ソレを近くの木へと弾き飛ばす。
べちゃりと木に当り弾け飛んだのを見ながら、ふぅと息を吐いた。
魔力を失った土がべしゃりと地面に落ちる。
ようやく、土玉を作ることが出来るようになった。
次のステップに行けると満面の笑みでブエルを見たフロシュエルは、ようやく周囲の真っ暗闇に気付いた。
「あれ? もう夜?」
「ふむ。夜だがどうした?」
「あの、こ、小影さんが心配するのでそろそろ帰らないとなのですが……」
「そうか? ではまたな」
「はいまた……って、良いんですか!?」
正直魔王相手に逃げおおせられるとは思っていなかっただけにフロシュエルは驚いていた。
だが、ブエルは気にした風もなく森の奥へと転がって行く。
「あ、あの! 魔王ですよね!?」
「そうだが? どうした?」
「い、一応天使ですよ? 見逃していいのですか?」
「殺す程の価値もなく、実力もなく、意気地もない。そんな小物を何故殺す? 小虫に殺意を向けるような狭量ではない」
そう言って、魔王は森の奥へと消えて行った。
そして気付く。
暗い森に一人きり。フロシュエルは帰るべき方向を見失っていた。
「あ、あれぇ?」
とりあえず、周囲を見渡すが、どちらに行けばいいのか全く分からない。
仕方無いのでブエルが消えた方向へ向う事にした。
そのまま森を抜けられればいいが、最悪ブエルに追い付いて道を教えてもらうしかないだろう。
魔王に道を聞く迷子の天使……自分で自分に泣きたくなった。
それでもここで迷子になるよりは賢明な選択だろう。
泣きそうになりながらもフロシュエルは歩き出す。
森の中はとても不気味で、ともすれば何かが襲いかかってきそうだ。
光を灯せば安心はするのだが、逆に自分の位置を知らせてしまうので龍華から教えられたサバイバル技術にしたがい、今は光を点けていない。
「グルァ!?」
「ひぃっ、いやああああああああっ」
何かが飛び出してきた瞬間、フロシュエルは全力で走りだした。
龍華と追いかけっこしているおかげか逃げ足だけはかなり早くなった。
後は一度も見ずにひたすらに走る。
「にぎゃああああああああああああああっ――――っ!? へぶっ」
突如足元に何かが引っ掛かった。
そのまま地面に顔面を擦りながら一メートルほど滑走する。
どうやら森の外側に張られていた侵入禁止用ロープに引っ掛かったらしい。
鼻を擦り剥くという犠牲をだしつつも、フロシュエルはようやく森を脱出するのに成功したのだった。
汚れた衣類を手で叩く。
息を吐きながら周囲を見渡せば、丁度公園の一角だった。
森から脱出したことに安堵して家に向って歩き出す。
夜間なので人気のない公園を出て周囲を確認しながら飛翔する。
少し高めの家の屋根へと飛び降り、周囲を確認する。
しかし、小影の家が分からない。
「むぅ、これはピンチですね。えーっと。そうです。今まで行った場所を見付けて行きましょう。あそこが井手口さんの家ですから、逆算して……あった! あれがバロックさんのいるなんとか荘! で、えっと小出さんの家が……」
特徴のない小出さんの家がどうしても見当たらない。
夜目も効かないのでフロシュエルは逆算を諦めた。
次に調べるのは順当に行った時の動きだ。
清水さんの家は見つけた。直ぐ先が広い敷地で屋敷が見えるのでそちら側は直ぐに分かる。
だが、ここからその先を見付けることは出来ない。
もう一度周囲を見回ってから飛翔を繰り返し、屋根から屋根へと飛んで行く。
ようやく屋敷の周囲が見渡せる場所にやってきたフロシュエルは、屋敷の外観構造を今更ながら把握した。
フェンスで区切られた裏側は道を挟んで民家に隣接している。
確かこの通りが小影さんの家がある場所。
そこはフロシュエルも覚えていた。
こうして上から街を見ると、小影の出した条件に合致する家は、丁度町内を一周する形で配置されていた。
小影の家を頂点として円を描いて小影の家に戻ってくるという街並みである。
つまり、迷う事すら殆ど無い道程をフロシュエルに教えてくれていたのだ。
今更ながら小影の気使いに泣きそうになった。
「あら? あちらはなんでしょうか?」
ふと、小影の家の前にある通り、源蔵さん側に伸びる道の先に、夜中でも明るい場所が一つあった。
周囲から車もよく出入りしている様子が窺える。
小影の家の近くで地面に降りたフロシュエルは、気にはなったが今日は遅い事もあり帰宅を優先する事にしたのだった。




