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天使見習いフロシュエル物語  作者: 龍華ぷろじぇくと
四日目・ノーマルルートA
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七日目3

「魔王……ブエル?」


 フロシュエルは知っていた。

 その名を、口が酸っぱくなるほど先輩天使達が言っていたのだ。

 魔界には、大天使長並みの実力者がごろごろしていると。

 そんな強力な魔物は大抵大軍を率いる長として、魔王を名乗っていると。


 しかも、ブエル。

 それは伝説級の偉人ソロモン王に従ったとされる魔王の一柱。

 強力な力は天使達でも一目置く程の実力者。


 予想外の場所で回避不能の悪逆に出会ってしまっていた。

 いくら敵意がないと言われても、魔王という肩書だけで全身が硬直し震える。

 未知の化け物が目の前にいることにようやく理解が行きつき、震えるままにフロシュエルはその場にぺたんと尻餅を付く。


「して、汝、なぜここに来た? この近辺は魔素が濃い、天使には苦痛の邪気が漂っているのだが?」


「へぁ!? あ、いえ、あのし、失礼しましたっ」


 フロシュエルは逃げた!

 ブエルに回り込まれた!

 フロシュエルは逃げられない!


 全身が動かないので必死に這うように逃げようとしたフロシュエルだが、直ぐに回り込まれた。手がなく顔の周りに五本の足が生えているため地面を転がるブエルの動きはあまりに速い。


「ひぅっ!?」


「我は尋ねているのだ。なぜ逃げる必要がある? その気になれば汝を消すなど容易いと知れ。我が求めるのは解のみ。如何に?」


「ひゃ、ひゃい! あ、あの、しゅ、修行の復習に来てまひたっ」


 フロシュエルは速攻で屈した。

 天使として死を覚悟して抗う。などという精神は一つもなかった。最初からないプライドなど粉微塵に吹き飛んだ。

 とにかく今は無事に小影のもとへ帰ることを願い、ただただ相手の求める言葉を告げる。


「ふむ? 修行? 復習? 天使であろう? 我が居た時にはそんな事をする者は皆無だったが?」


「わ、私はおち、落ち零れなので、最後の天使試験で、そのハニエル様が、救ってくださって、二ヶ月で強くなれと、今修行で、試験の試験で、あうあうあう……」


 涙目で告げるフロシュエルが余程面白かったのか、厳つい顔をくっと歪ませブエルが笑った。


「面白い。そなたは落ち零れか。どれ、見せてみよ」


「ふえぇ!!?」


「どうした、落ち零れの実力を見せよと言っている」


 どうやら余興のつもりらしいが、いつ殺されるかすら分からないフロシュエルにしてみれば、生きた心地のしない状況だ。ここで自分の力を見せてみろと言われても身体が動かない。


「カンフィール。ヒールライア。セイブフィアー」


 不意に、全身の恐怖が一瞬で消え去った。

 なんだ? と思いながらもフロシュエルは立ち上がる。

 先程まで感じていた恐怖は、今は少しも感じなかった。


「あ、あれ?」


「案ずるな。汝が恐怖を感じないように恐怖耐性を付加しておいた」


「す、すごい、他人の精神に干渉できるんですか!?」


「何を驚く? 魔王の得意分野は精神干渉だぞ?」


 絶句するフロシュエルに残念な人を見るような冷めた視線を向けたブエルは足の一つで木を促す。


「それ、あそこに魔法を放ってみよ」


 フロシュエルは言われるままに、今まで通りの神聖技を打ち放す。

 木の一部に穴が開いた。


「ふむ。天使共の使う基本スキルだな。威力は今まで見た中で一番低い」


 敵対する魔王にまで言われ、フロシュエルはがくりと落胆する。

 やはり自分は全然ダメだったらしい。


「私が倒せそうな魔物って、いるんでしょうか?」


 溜息混じりに尋ねて思い出す。相手が魔王だという事実。質問が聞くべき質問じゃなかった。


「ふむ。にっちゃうくらいだろうな。上手く当ればピクシー辺りは倒せるかもしれんが。まず当らん。それに動きもトロそうだ。警戒感も全く無し、魔王を相手に抗う気力も胆力もなし、汝、本当に天使か?」


「天使見習いです……うぅ、短い人生でした」


 小影さん、ハニエル様、龍華さん、他の皆さん、先立つ不孝をお許しください。

 両手を組んで神に懺悔するフロシュエルに息を吐き、ブエルはゆっくりと魔力を集める。

 あれが私を殺す魔法かぁ、半ば諦めたように見つめていたフロシュエルを放置して、先程フロシュエルが放った木に向けて、魔法を打ち放つ。


「グレ・ゴル」


 岩石のような弾丸がブエルの足元から産まれ、飛んで行く。

 ゴグァっと木に激突した衝撃で木が根元から倒れて行く。


「これが魔法だ。神聖技はこれと同じ方法で打ちだす。知っていたか?」


「は、はい。先程習いました。ただ……」


「ほぅ、それで修行か。だが、ただ?」


「教える方がこう、ぶわーっととか、にぎゃーとか言われてまして、私にはどうやればいいのか……」


「教師にも恵まれんのか。難儀な」


 魔王に同情され、さらに項垂れるフロシュエル。

 そんなフロシュエルに、音もなく近寄ったブエルが頭に足を置く。

 ひっと、驚くフロシュエルの体内に、奇妙な感覚が侵入して来た。


「動くな。少しじっとしていろ」


 言われたところで魔王の前で下手な動きなどできるはずもなかった。

 トラックの前に飛び出したネコのように全身を硬直させるフロシュエル。

 その体内で、異物の感覚が自分の魔力溜まりへと侵入してくるのがわかった。


「ほぅ、魔力容量は予想以上ではないか。これでなぜあの程度の威力しか出せん?」


「ひぅっ、そ、それは、その、昨日龍華さんに教えて貰って、取り出す術は覚えたのですが、先程はその、最初の時の威力と言われたので」


「では、引き出す事は出来るという事か?」


 ならばやれ。ブエルに言われ、フロシュエルは恐る恐る別の木にホーリーアローを意識するのだった。

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