七日目2
「もう、無理です先生……」
「あほー、あきらめんなーっ。なくなぼけー」
だって、女の子だもん。
泣いちゃいますよ。
どっかのバレーボーラーのような台詞を心の中で思いながら、フロシュエルは溜息を吐いた。
ピクシニーが教えようとしてくれているのは分かる。
妖精は悪戯好きだけど、陽気で仲間内には結構優しいところがあるのだ。
それは理解している。
知り合いに頼まれたからフロシュエルをこうやって指導してくれているのだ。
フロシュエルとしても強くなりたいのでピクシニーに教えを請う事は嫌ではない。
嫌ではないのだけれど……それと理解可能かどうかは別問題だ。
どうやらピクシニーの言葉から魔法を扱うのは無理っぽい。諦めた方がいいのかもしれない。
ピクシニーはそれでも必死になんとか教えようとするのだが、舌ったらずな言葉遣いと小さい子が金金声で叫ぶような声なので耳障りでうざったさがフロシュエルの心をざわつかせていた。
何かもう、こう、プチッとやってもいいんじゃないでしょうか?
夏場に迫ってくる蚊を潰すような気持ちでこう、バシッと。
飛び回りながら叫ぶピクシニーに溜息を吐きたい気持になりながら、何度目かになる魔法を唱えようと体内の魔力を探る。
でも、繋がらない。
どうにも自分にはなかった器官を動かそうとするような、やり方がよくわからない感覚なのだ。
腕までは魔力が向うけどソレ以上出て行こうとしない。
ホーリーアローは普通に出来るのに、何が違うのかが分からないのだ。
ピクシニーのいうようにぶわーっとやったり、うごーっとやったりしているのだが、その度にちっがーう、そうじゃなくてこうにぎゃーってかんじなの! とか言われてもやれるわけがなかった。
しばらく二人の頑張りを見ていた龍華がこめかみに青筋浮かべ、解散。と告げるまで、ピクシニーは頑張ってフロシュエルに魔法を教えてくれようとしていたが、残念ながら今回は無理だったようだ。
また明日頼む。と龍華に押し出され、ぷんすか怒りながら帰って行った。
残りは龍華とマンツーマンによる修行再開である。
そしてフロシュエルは死んだ。ある意味死んだくらいに精神的にも肉体的にも疲労した。
「ふむ。逃げ足だけは一丁前だな」
「ひ、酷い……」
「さっさと起きろ」
次は座学だと無理矢理起こされ残された時間を勉強に費やす。本日は算数でした。
人間では小学校で習うような簡単なモノだと言われたけれど、フロシュエルが理解するには結構掛かった。
足し算引き算をなんとなく覚えた彼女に理科の授業が襲いかかる。
周囲の草花の名前、見分け方を教え込まれたフロシュエルは頭から煙を吐き出し倒れるまで、龍華の授業は続いたのだった。
選択肢C2:
→ 森の中で復習しよう。
今日は帰って源蔵さんのところに行く。
正直疲れた。
そう思いながらもフロシュエルは森で復習を行う事にした。
龍華と別れたフロシュエルは、森にやってくると魔法練習に適した場所を探しに向う。
ガサリ。直ぐ横で何かが叢を揺らした。
ひぅっと声がでかけて思わず息を飲む。
錆ついた首を向けた次の瞬間、ばっと飛び出る緑色のゲル状生物。
「なっ!? スライム!?」
咄嗟に距離をとり、ホーリーアローを撃ち放つ。
どれぐらいの威力が効くかわからないので全力だ。
ドグァッと地面が抉れ飛び緑の絨毯が一瞬にして焦げ茶色へと変化する。
その場にいた粘液物体は当然、一瞬で消し飛んでいた。
「あ、あるぇ? た、倒しちゃいました」
自分で自分に驚きである。
そう思いながら、抉れ飛んだ大地を見てさっと顔が青ざめる。
どうしよう。これは自然破壊になるのでは?
慌てて飛び散った土を集めて盛ってみるが、さすがに緑のじゅうたんになるはずもなく、緑がまだらに入り混じった耕された土。といった状態だ。もこもこでした。
「わ、私はがんばった」
そう、フロシュエルはがんばったのだ。自分の出来る範囲は頑張ったので後はどこかの誰かに任せることにした。
「それでいいのか天使よ……」
呆れた声が掛かったのはそんな時だった。
ビクンと全身を硬直させたフロシュエルは声が掛かった茂みへと視線を向ける。
「ど、どどど、どちら様……でしょう?」
「案ずるな天使、我は貴様に危害は加えんよ」
よくわからないが、自分を天使と認識しながら敵ではないらしい。
少し警戒しつつも、元来の能天気さと好奇心からフロシュエルは茂みを掻き分けた。
そこに居たのは……車輪に足が幾つもくっついたような姿の化け物、絶対に人間界にいちゃいけない類の生物がそこに居た。
悲鳴すら出ずに遥か高みへと旅立ち掛けたフロシュエルに、呆れた顔でそいつは告げた。
「我は魔王ブエル。魔界に嫌気がさしてな。なんとか人間界へ来たのだが……迷った」
「はぁっ!?」
それは、フロシュエルにとって、初めての魔王との邂逅だった。




