試験官認定聖戦士
「新人研修?」
のほほんとしたハニエルの口からでた言葉に、朝食の大豆くんを突っついていた少女は、寝惚け眼で聞き返した。
ここはハニエルが人間界で居候している少女の家だ。
ここで過ごすにあたって彼女はこの少女の姉という立場で周囲に認識されている。
羽を隠しているため周囲にはただの義姉としか認識されておらず、ハニエルとこの少女の間にもう一人、ファニキエルが義兄として居候していた。
「そぉうなのよ。私はねファニキエルちゃんだけで手一杯なのにぃ。原石見つけちゃったからさぁ……」
年端も行かない子供のように、キンキン声で答える女は、悪びれた様子もなく緑茶を啜っている。 豊満な胸がテーブルにのしかかり、無駄に存在感を強調する。
「初めはねぇ。あったま悪いしぃ、体力ないしぃ、神聖技使えないしで、救えそうにないなぁ~って思ったのよぉ」
少女は寝ぼけた様な瞳で、ちらちらそれを気にしていた。
やはり、同じ女としても自分よりも大きな胸は気になって仕方がないらしい。
しかしハニエルは気にも留めずに話を続ける。
「でねぇ、最後の潜在能力値を見てみたらぁ、すっごいの。磨けば光る原石ってこういうのをいうのねぇって思ったわぁ」
心底楽しげに語るハニエル。
鍛えがいのある子よぉ。と微笑みながら告げる。
その顔がまたなんとも周囲に幸せを運ぶほにゃっとした笑顔だった。
「そうなんだ。がんばってねぇ~」
大して興味なさそうに大豆くんと格闘する少女は気のない返事で返す。
自分には全く関係がないので興味なんて全くなかった。が……
「でさぁ、天界でスキルアップなんてできないし、二か月でとか無謀なのに大見え切っちゃったからぁ、ここでしちゃおっかなってぇ~思ったのよ」
せっかく掴んだ大豆くんが箸から滑り落ちる。そのまま少女のご飯の上に落ちた。
ギギギと、無表情になった少女がハニエルに視線を向ける。
「ここで?」
マリオネットみたいで怖いなぁ。と思いながらハニエルはコクリと頷いた。
「ファニキエルちゃんが増えた……と思えば大丈夫なのよ」
「そういう問題じゃないよ……まぁ下宿代払ってくれるならいいけどさぁ。追加料金はそうだねぇ……二か月でしょ。だったら一月十万が適当かな?」
「それはもちろん。ついでに研修の担当者に決まったのよ」
「ハニエルが? って。だからここにくるんでしょ?」
「ううん? 小影ちゃんがだけど?」
「え?」
今度は手から箸が滑り落ちた。
そのまま一本の箸がご飯に突き刺さる。
もう一本は机に跳ね返って膝においてあった小影の左手に収まった。
聖小影。それが彼女の名前であった。
つまり、天使のスキルアップを人間である小影に頼みたいと。そう言っているのであるこの大天使様は。
「内容は最終天使試験に合格させることぉ。やり方はお任せするのよ」
「断固拒否」
冗談ではなかった。何が悲しくて天使見習いを立派な天使に育てねばならないのか。
しかも、落ちこぼれの天使。世間知らずで一般人にすら届かない存在を、である。
自分だって仕事やら学業で忙しいのだ。そんな者の面倒を見ている暇など小影には無い。
「合格特別ボ~ナス一億円~」
ハニエルが両手をポンと合わせてそう提案した瞬間、小影は左手の箸をご飯に突きたてハニエルの両手を包み込むように握った。
「合格と言わず超天使つーか神様に成長させますぜダンナッ!」
目が輝いていた……小影の瞳に¥マークを見たハニエルだった。
物凄い邪悪なオーラを纏っている小影に押されるように苦笑いを返すハニエル。
「ガブリエルちゃんたちからも感謝されるかもねぇ。落ちこぼれを超天使にしちゃうんだから」
「落ちこぼれでしょうがミジンコ脳持ってようが立派な天使にしてあげようじゃないですかッ! 小影ちゃんに任せなさい! で、その子はどこ?」
「ええとぉ、もう着いてもいい頃なんだけどぉ?」
今時珍しいボーンボーンと鳴る掛け時計をちらりと見上げ、ハニエルがおかしいわねぇと呟く。
話から察するにマウス用迷路で路頭に迷うくらいの知能なのだ。一人でこの家まで来れるハズがないと小影は思い至った。
つまり、迷子になってる可能性が高い。天使のクセに人間界で迷子とか。先が思いやられる小影であった。
「しゃぁないッ! 善は急げよ、仕込んでくるついでに探してくるわ。容姿教えて」
半ば興奮気味に小影は玄関へと走っていく。
口からはいっちおっくえん、いっちおっくえ~んと楽しそうな呟きが漏れている。
見えなくなった小影に、緑茶を啜りながらハニエルは、
「あまり酷いことしちゃだめよぉ~。堕天したら全額没収だからぁ」
ガシャンと傘立ての倒れる音がして、しばらく。玄関の開く音がした。
「……普通に天使が成長させたんじゃ……消されるだけだから。任せるわよぉ、聖戦士の小影ちゃん」
不敵に微笑むハニエル。
ご飯に突き立っていた小影の箸を取ると小影の残したご飯を食べ始めるのだった。