五日目3
強制的な衝撃に、反射的に飛び起きる。
が、直ぐに全身がだるさを訴え座りこんでしまった。
「ふむ。では次は神聖技だったか。それを出して見ろ」
「ええ!? も、もう無理ですよぉ!?」
「神聖技には回復能力もあっただろう。自分に使え」
鬼だ。鬼がいた。
フロシュエルは安易に彼女を頼ったことを既に後悔し始めていた。
なんとか気力を振り絞って回復神聖技を使う。
しかし、形にならない。
「ふむ。回復魔法すら使えんか。それでは天使になれんだろう」
「そうなんですけど。回復神聖技の使い方がよくわからなくて」
「イメージが圧倒的に足らんな。仕方ない。今日は自分の今の状態を覚えておいて明日の体力を比較しておけ。回復した身体の状態を覚えておけばそこに戻すというイメージで回復魔法が使えるはずだ」
「そうなのですか?」
神聖技は得意ではない。それはフロシュエルに圧倒的にイメージ力がないからだ。
それはすなわち言われたことをそのまま実践する実直さにある。
だから、フロシュエルは今の状況と疲れる前の状況を思い出し比較する。そして爽快に目覚めた時の身体を思い出し神聖技を使ってみた。
何度か使う。すると、少しだけ身体の倦怠感が取れた気がした。
代わりに眠さのような物が蓄積された気がしたが、これはおそらく精神力が減ったのだろうと自覚する。
「む? なんだ、明日まで待つ必要もなく出来たではないか」
「は、はい。教えて貰った通りに昨日の状態と比較したらできました」
「ふむ? ではお前が出来る魔法を使ってみろ。そうだな、そこの木に頼む」
「はい。ホーリーアローッ!!」
得意技を披露する。当然全力でいった。
木に小さな穴が開く。
結構深くまで刺さったな。そう思って満足したフロシュエル。
龍華の感想を聞こうと振り向くと、彼女は眉を顰めていた。
「まずは座れ。瞑想しながら体力の回復だ。自分の内部に存在する魔力の塊を知れ。お前がやるべきはそこからだな」
魔力の塊? フロシュエルは疑問に思いながらも言われたままに胡坐をかいて座り、座禅を組む。
眼を閉じて体内に存在するらしい魔力とやらを探る。
そんなモノは見当たらない。
いや、ちょっと待った。
言われてみると何かある気がしてくる。
フロシュエルは自分の内側に意識を集中させていく。
そのうち、周囲の音が消えた気がした。
内側の音が聞こえだす。
心臓の音、胃の収縮している感覚。腸の蠕動運動。血が巡っている。
不思議と、自分の体内で何が行われているのが直ぐに感じられた。
今まで気に留めなかった自分という存在。その中に、何かがわだかまっていた。
澱のように沈殿し、身体の奥の奥に溜まり込んでいる何か。
得体の知れない強大なモノ。
「気付けたか?」
龍華の言葉で、ハッと我に返った。
フロシュエルは龍華を見つめる。
「なんとなくですけど、これが?」
「ハニエルとやらの言葉を抜粋すれば、神聖技を使う事は天使ならば誰でもできる。だが、魔力を扱う術を知るのはごく一部だそうだ。通常は体内に存在する魔力溜まりから魔力を引き出し魔法として打ち出しているようだが、お前の場合はその一回一回に引きだす魔力が少ない」
言われて、納得していた。
体内には物凄い魔力が渦巻いていた。それは魔力に気付いた今、フロシュエルには手に取るように分かる。
「もう一度、神聖技を使ってみろ。魔力溜まりからどれ程の魔力が引き出されるかを注視しておけよ」
言われるまま、ホーリーアローを打ち出す。
確かに、ほんの一握りの魔力が魔力溜まりから離れ、フロシュエルの掌まで来ると、ホーリーアローが生まれ、遠くの木に小さな穴を穿つ。
「ハニエルが言っていたぞ。お前にはのびしろが有り余っているのにこのまま消えてしまうのは惜しいと。さぁ、お前の神聖技を見せてみろ」
「えっと……どうやって?」
「先程の感覚で魔力を引き出す時により多く取り出すよう意識するだけでいい」
フロシュエルは素直だった。
愚直だとも言える。
だからこそ、今までこんなことに気付きもせずに、時期が来たと天使試験を受け、落ちた。本来ならばハニエルの試験時に消え去る存在だったのだ。
でも、だからこそ、愚直に龍華の言葉を信じ、魔力溜まりからかなりの魔力を取り出すよう意識する。
その魔力が掌に集まる。
今までにない魔力の奔流があった。
こんなものが自分の中にあったのかと思える程の力の奔流。
光の矢へと変化した魔力を、目の前の木へと狙い定める。
「ホーリーアローッ!!」
放った。
自分の中の魔力が一気に減ったせいだろうか? 軽いめまいを覚えつつ、光が飛んで行くさまを見る。
木に、矢が突き立つ、その刹那。
音が鳴った。
木を爆砕する轟音が轟く。
眼を見開き驚くフロシュエルを風圧が襲った。
黄金色の髪がはためく。
「……え?」
木が、フロシュエルの目の前に存在していたはずの木が、粉微塵に消え去っていた。




