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天使見習いフロシュエル物語  作者: 龍華ぷろじぇくと
四日目・ノーマルルートA
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四日目5

「はぁ……」


 フロシュエルは両手で持った湯呑に映る自分を見ながら、深い溜息を吐く。


「どうしたどうしたぁ? 随分元気ないねー。そんな時は緑茶を飲みなされ、ほれ、こうやってゆっくりと啜るだけで……はふぅー」


 おおよそこの世全ての幸福を集めたような笑みを浮かべる小影。

 フロシュエルはそんな小影に視線すら合わせず、もう一度息を吐きだす。


「フローシュ?」


「小影さん……私、この試験の試験、出来る気がしません」


「あらら、弱音を吐きだしたよこの子」


「だって、仕方ないじゃないですか! 小出さん全然出てきてくれないんですよっ! バロックさんは捕まらないし、井手口さんは乱暴だし、田辺さんは……」


 その名を口にした瞬間、訳も無く悲しくなった。

 思わず涙が零れ、湯呑の中へと滴が落ちる。


「田辺さんは……うぅ……ぐすっ。なんで、なんで田辺さんはあんなひどいことをするんですかっ。試験だって、分かってても、あんまりです。信じてたのにッ。うぅ……裏切りを、担当してるなんて……そんなの、酷すぎますよぉっ」


「そうね。何も知らなければ、酷いと思うよね? でもねフローシュ。天使ってのは信じて当たり前な奴が多い。実質あなたも良い人と決めつけて愚直に信じた。その結果が田辺さんの裏切り行為。酷いよね? でも、任務で対応するのは必ずしも天使とは限らない。相手は人間だったり悪魔だったりするでしょ? なら、嘘と裏切りを覚悟しなきゃいけない。相手の嘘を見破れるか、裏切りに対しどう対処するか。親切な顔して、顔見知りになった人からの裏切り程、精神的負担は計り知れなかったでしょ? それに耐えうる精神力も問われているのよ」


 ならば、本当に辛いけれど、精神力は合格ラインだ。ちゃんと持ち直している。

こればかりは龍華に感謝である。

 悔しいけど、試験と気付かされたからこそ、まだこうやって耐えていられる。

 もしも、本当に試験とか関係ない場所で、あんな裏切りに遭ってしまったら。

 きっとフロシュエルは立ち直ることすらできなかっただろう。


「辛いのはこれからだよ、フローシュ」


「え? これから……?」


「田辺さんからの返済は今だ30円のみ。残りを返してもらうには、裏切った田辺さんと会わないといけない。相手の腹の内を知りながら相対するのは相当精神に来るわよ」


 思わず生唾を飲み込む。

 考えないようにしていた。

 田辺さんとまた会わなければならないなんて、考えたくもなかったのだ。

 でも、やはり物品で返済完了とはならなかった。

 払わせなくてはならない。物品ではなく現金で。残り470円を、田辺さんから返してもらわなければフロシュエルの合格は無いのだ。


 ああ、なんて辛い試験なのだろう。

 フロシュエルは嘆きながらも、ぐっと涙を堪える。

 辛い。胸が張り裂けそうなほどに辛く悲しい。でも、そんな試験をしている田辺さんは、裏切ったという自身への罪を認めながら明日からもフロシュエルと相対してくるのだ。

 ソレを思うと、同じように対面しなければならないフロシュエルと田辺さんの心境はかなり近いとも言える。


 嫌な相手に必ず会って会話しなければならない。

 逃げ出せない強制。なにせこれは試験なのだから、試験官となる田辺さんは逃げ出せない。

 必ず明日もベンチに座り、裏切った後のフロシュエルの姿を見ながら、さらに嫌われ役を演じないといけないのだ。


「明日、龍華さんの訓練、受けようと思います」


「そう。まぁフローシュがどう決めようと貴方の人生なんだし、悔いの残らない選択をするといいわよ」


「はい!」


 元気よく答え、フロシュエルは立ち上がる。

 自分の部屋へと戻ろうとしたフロシュエルに、小影が待ったを掛ける。


「ちょいと外出てみない?」


「外……ですか?」


「ん、夜風に当って少し落ちついてみるのもいいと思うわよ」


 少し考え、フロシュエルは了承した。

 小影と二人、玄関から外に出る。

 既に暗くなった空には、無数の星が瞬いていた。


「いやー、絶景かな。ほら見なさい、アレが天の川って奴よ」


「ほへぇ。星空って綺麗ですねぇ」


 小影家の玄関前の照明は、今日は消されていた。

 そのおかげか満天の星空を大パノラマで見渡せるのである。

 と言っても、周囲の家々のせいでかなり制限されてはいるのだが。


 星空を見上げていると、フロシュエルは心の汚れが浄化されて行くような不思議な感覚を覚えた。

 何かを掴めそうな気がする。

 まるで霞を食べるような感じで、自分には無い感覚器を頼ろうと手を伸ばしているような状況だった。

 掴めそうで掴めない。まさにこの星空のようだ。

 この手で掴めそうな様子なのに、あまりに巨大過ぎて手に負えないというか……思考からの削除もできないとなると、本当にもどかしさだけが募る。後少し、ほんのちょっとの何かが足りない。そして、それが気になって仕方がない。


「そろそろ、家に入ろう」


 小影に促され思考を中断したフロシュエルは彼女の後を付いて行くのだった。

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