四日目4
清水さん宅では健太が昼寝をしていた。
なんやかんやでまだ昼にも満たっていない時間だが、健太は気持ち良さそうだ。
今なら赤い靴を取り戻す事も可能かもしれない。
そう、これは相手の所有物を手に入れる訳じゃない。取り返すものなのだ。
断じて窃盗ではない。
フロシュエルはそぉっと近づいて行く。
そろーり、そろり、寝息を発する地獄の番犬は、こうしてみるとちょっと可愛らしい。
それでも、目覚めればどうなるかは分かり切っているのだ。フロシュエルは細心の注意を払って犬小屋へと辿りつく。
赤い靴を二足。さっと手に入れるとふぅっと息を吐いた。
寝息が、止んでいた。
はっと気付いたフロシュエル。汗が止まらない。
全身汗だくになりつつも、後を振り返る。
何をしているのだ貴様? そんな怒りの形相で睨む健太が起き上がっていた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ウガゥッ!」
逃げ出したフロシュエルに飛びかかる健太。背中から蹴り倒したフロシュエルに飛び乗り、後頭部に大口開けて噛みついた。
「ぎゃぁぁぁぁっ。ぎゃぁぁっぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
一瞬、本気で喰い殺されると思ったフロシュエルが奇声を発する。
健太は後頭部を甘ガミして錯乱状態のフロシュエルから靴を奪い返すと、戦利品だとばかりに今フロシュエルが履いている靴を片方奪い取り、ソレを犬小屋に収める。何事も無かったように再び寝転がり寝息を立て始めた。
「こ、殺されるかと思った……」
ショッキングシーンにぐったりとしたフロシュエルは、のろのろとした動作で地面を這いずり、なんとか壁まで来ると芋虫のように壁を這って乗り越える。
取り返すつもりが奪われた靴が一つ増える結果になってしまった。
既に田辺さんに精神的にやられていたフロシュエルにとっては肉体的にもボロボロにされてふんだりけったりという感じだが、自分で近づかなければ手酷い攻撃は受けなかったことを考えると身から出た錆というものでもあり、複雑な気分で泣くに泣けない。
壁越しの清水家に背を向け、しばらく三角座りをして無為に時間を過ごしてしまった。
空が青い。
白い雲がゆっくりと風に流れて形を変えている。
吹き抜ける風が頬に当って気持ち良い。
しばらくぼぉっと空を眺めていたフロシュエルは、何の気なしに動きだす。
もう少し見ていたいが、休憩は終わりだ。
自分にはもう後がないのだ。少しでも強くなりたい。この試験を終わらせたい。
見出してくれたハニエル様に、チャンスをくれた小影さんに、他人のフロシュエルを鍛えてくれるという龍華に、胸を張ってありがとうございましたというために、唯少しでも、前に。
屋敷の中へと侵入する。
相変わらず暗い。
ライトの神聖技を使い周囲を照らす。
丁度青銅甲冑が動き出したところだった。
恐怖は? ある。
今すぐにでも逃げ出したい。
この真下の床が抜ければ池にダイブして、今日の回収は終わりだ。
楽になるためなら直ぐに出来る選択だった。
でも、それは選択してはいけない選択肢。
フロシュエルは気合いを入れるように両頬を叩く。
羽を動かし浮き上がった。
屋敷内には人がいない。だから、神聖技も天使としての力も存分に発揮できる。
まさに、今ある自分の力を全て使えるのだ。
「考えましょう。今までの私じゃ絶対に行けない。ここを攻略するには今のままじゃダメなんです。だからっ」
歩きだした甲冑を飛び越える。
エントランスから向えるドアは一階部分が三つ。
中央階段の裏に食堂へと続く扉と、その左右に二つの小さな扉。
二階には五つの扉。前方に三つと左右の壁側に一つづつ。
上の階にお金があると思われるので、まずは階段に降り立ったフロシュエルは背後を一瞥。群がるように数を増やした甲冑を見て思わず悲鳴を上げていた。
犇めく青銅甲冑達が地面を埋め尽くすほどに出現している。
なんだこれ? さっきまでこんなに居なかったはずなのにっ。
焦ったフロシュエルは飛ぶ事を忘れて階段を駆け上がる。
途中まで昇った時だった。
突然足元の感覚が無くなたった。
段差が滑らかになり、スロープと化した階段を見事に足を滑らせ落下する。
「にょあぁぁぁぁっ」
すっぽーん。と弧を描くように甲冑犇めくエントランスへと逆戻りした。
甲冑の群れに足から突っ込むフロシュエル。咄嗟に羽を動かそうとするが、甲冑達に押され潰され、飛び立てない。ボロボロになりながらなんとか這い出ようとする。
だが、途端にエントランス全ての床が消失した。
「ひゃあぁぁぁ!?」
結果、甲冑達に巻き込まれるように落下、強制退去の湖へとダイブするフロシュエルだった。
水中に投げ出されては沈んでいく甲冑たちは、水の中で自ら歩いて屋敷の水中入口へと戻っている。どうやら排出された甲冑たちはあの穴を通って元の配置に戻るのだろう。無駄にエコ設定だった。




