一次試験の結果
本日二話目です
「……どういう……こと?」
一枚の書類に眼を通した女性が唸りを上げた。
彼女の名はガブリエル。
黄金色に輝くウエーブのかかった髪に神々しいまでの輝きを放つ体躯。
純白のドレスは風もないのにひらひらと舞っていて、背中からは六つに別れた純白の羽。
頭の上には光を放つ輪が浮かんでいる。
そこは天界という名の、地上とは一線を外した世界。
とある宮殿の一室でミカエルと共に二人でうず高く積まれた書類に目を通していた。
書類は、新しく天使となる天使候補生のテスト結果をまとめた成績表。
今回の合否結果を見ていたときのことである。
といっても、ここにあるのは一次試験突破が確定した天使候補だけである。
今回の結果を踏まえ、二次試験を担当する天使長を決めるのだ。
ガブリエルが一番厳しく、次にミカエル。ウリエル、ラファエルと順に甘い採点になっているので努力が窺える能力の低い者ほど神の癒しとされるラファエルが受け持つことになる。
序列としては神の如き者とされるミカエルの方がガブリエルよりも上なのではあるが、彼は脳筋なところがあるため、相手の負けん気によっては合格基準を満たしていなくとも合格にしてしまう豪快さがあり、そのまま天使候補生を育成まですることがあるため、天使試験の難関試験官はどうしてもガブリエルになってしまうのである。
「どうした? ガブリエル」
ガブリエルの声に反応し、横で成績を見ていたミカエルが顔を上げる。
精悍な顔付きの彼はやはり神々しいまでに輝きを放っていた。
「これを……」
返事もよこさずに、ガブリエルはミカエルに手にしていた成績表を手渡した。
何を聞くにしてもこれを見てから、ということらしい。
ミカエルも無言でそれを受け取ると、一通り目を通した。
「生徒名はフロシュエル=ラハヤーハか……試験官は……ハニエルじゃないか」
用紙から顔を上げてガブリエルを見るが、ガブリエルはまだ何も答えない。
「実技、知力、接人、神聖技、共に優。潜在力に関しては優良か、なかなか優秀じゃないか」
第一次の成績は五段階。優、良、可、不可、悪で、可以上の数で合否が決まる。
担当する大天使次第ではこの上や下に、優良、凶悪などを書くケースもあるが、その辺りは担当官の任意に委ねられているのでそこまで問題視はされていない。
全てが優秀なうえに潜在力は5段階では表せないから優良と書かれているらしい。
一瞬、これは期待の星だ。そう思えるほどの成績だ。
「大したものだ。セラフとしてもやっていけるかもしれんな」
優秀だというならば全く問題はない。自然ミカエルの顔が綻ぶ。
四大天使長が五大天使長になるのも近いかもな。と一人納得する。
「それが……本当ならということです」
ミカエルの感嘆をよそに、ガブリエルはもう一枚の紙を差しだした。
「これは?」
「三年前にやった一期前の天使試験よ。試験官は私。ガブリエル=ヱヴァ」
言われてミカエルは用紙を見る。
「なんだ? これは?」
名前は同じ。フロシュエル。ただし結果はすべて悪。いや、それよりも悪いのか知力や神技は超最悪と書いてある。
「一期前は退魔を行えるか? はおろか、神聖技でさえ全く使えない落ちこぼれ。唯一使えたホーリーアローも木の枝を子供が投げる程度の威力。いったいどうやってこの短期間にこれほど伸びたのか……」
天使試験は通常二回まで受けられる。つまりフロシュエルにとってはこれが最後。その場合、天使見習い停留ばかりか、神や天使長による身の消滅もありうる。というかほぼ確実にそうなる。
だからといって手を抜いて助けるような試験官は天使にいない。
それは即ち不正。堕天の極みであるからだ。
第一、防いで生き延びたところで能力が備わっていない天使が何が出来るというものか。
結局は消滅するかどこかの魔物に消されるかの違いだ。
「ハニエルが堕天覚悟で不正するとは思えないけれど……」
「ハニエルに気に入られたのか、運がいいというか気の毒というか……素質を見抜く目だけは持っているからな。あいつは」
二人は顔を示し合わせ、互いに頷く。
きっと、ハニエルが何か興味を抱くものを彼女が持っていたのだろう。
ならば、この数値が不正であろうとも、問題にする必要は無さそうだ。
もう彼女には興味ないというように第一次試験合格と判を押し、ガブリエルは次の成績表に目を通し始めた。
そんな紙を、ミカエルが視線で追って、ふと気付く。
紙に書かれた成績の最後の方、小さい丸文字で一言書かれていた。
『……になる予定。Byあなたのハニー・ハニエルより』
つまり、今はまだガブリエルの降した決断と変わらないが、二次試験の始まる二か月後までには、彼女の実力を引き上げておくので試験を受けさせてやってくれ。
そう、書かれていたのである。
思わず優しい顔になったミカエル。さすがは神の愛、ハニエルだな。と一人納得していると、ソレに気付いたガブリエルが不審な顔をして首を傾げるのだった。