三日目4
「というわけで……帰ってきました」
「なるほど」
食卓を囲んだ対面に座る小影に、フロシュエルは力なく報告を終えた。
小影の母は一度帰ってきたようだが、すぐにどこかに出かけたらしい。
今日は遅くまで居酒屋梯子と小影が言っていた。
「で、どうだった?」
「どうだった……とは?」
「そろそろ試験で問われていることは理解出来て来たでしょ?」
緑茶を啜りながら言う小影に、あー。と納得するフロシュエル。
「小出さんは泣き落としで攻めてみようかと思います。相手に悲痛な思いを訴えることで彼の良心に訴えるのです」
「んー20点」
「え、なんでですか?」
田辺さん発の方法ではあったが、フロシュエルにとっては最良に思えた。
それだけに、低い点数を付けられてはいい気分ではない。
「小出さんが担当するのは閃き力。相手をどうやって家から出すかよ」
やっぱりか。とフロシュエルは頷いた。だからこそ泣いて訴えるのだ。
「じゃあ質問。その泣き声は相手に届く?」
「はえ?」
届く? と言われよくよく考える。
相手は家の中。しかも二階で息を殺してこちらを見ている。
そう、見ているだけだ。
泣いているようには見えても声は届かない。
大泣きすれば辺り構わず聞こえるだろうが、啜り泣いたところで相手が出て来るかといえば、それは確率が低い。
「ただ一つ作戦を思いついただけじゃダメ。常に二、三個の作戦を考え、失敗した時は即座に次の作戦に移れる。また状況次第で別の作戦を思いつく。それが理想形。だから、ここで問われるのは発想力。いかにして小出さんを家から出すか、そして出した後どうやってお金を返してもらうか。先の先を読むクセを身につけるの。このへんもあいつに頼んどいたから、二ヶ月経過するまでにがんばりなさい」
「先の先……ですか」
言われてみれば何のことは無い。
いいアイディアだと思った瞬間から、フロシュエルは愚直なまでにそれ一本で立ち向かおうとしていた。
なるほど、これでは天使になっても長くは続かない。
頭が堅過ぎるのだ。
「あの、ところであいつって?」
「あ、まだ会ってないんだ? あの人も結構方向音痴みたいだしなぁ。まぁ直ぐ会えるでしょ」
よくは分からないが、とりあえず他にもフロシュエル用に何かを頼まれた人がいるらしい。
「で? 他に思ったことは」
「バロックさんは判断力ですよね。相手がどこから逃げるか、そしてそれにどう追い付くか」
「ん。その通り。脚力に自信があればそれで勝負もいいよ。追い付いたら返却してくれるようにしておいたから」
ならば、バロックさんにおいては自力で何とか出来るだろう。むしろ自分で勝ち取りたい。
フロシュエルは明日こそなんとか返してもらうと心に決めたのだった。
「後は、そうですね……井手口さんの奥さん、どうすればいいんですか? 戦わないと、夫さんから返してもらえないですよね」
「ふふ、その通り。奥さんは嫉妬深いからね。それに元ボクサーで元プロレスラーだし」
フロシュエルからすれば無敵に近い戦闘民族だった。
「戦闘に関してはアイツに任せるわ。人に教えるのは得意みたいだから」
「じゃあ、やっぱりその人に会って教わった方がいいんですね」
「別に教わらなくても大丈夫だってなら教わる必要無いけど?」
完全な脅迫だ。フロシュエルに選択権など存在しないのだ。
いや、でも、確かに自力で何とかしてみたいとも思ってしまう。
でも、きっと頼んだ方が確実に強くなれるのだろう。
「田辺さん……はただ親切な人なんですけど? なにかあるんですか? あ、もしかしてアドバイスしてくれる方? あ、でもまだお金返してもらえてないですから、あれですかね? あれ、えーっと、ほら、あれです」
「あれ、じゃわからんって。そうねぇ、しいて言うなら田辺さんは……」
少し考えて、小影は告げた。
「天使ってのは信じて当たり前な感じはあるのよね。でも、任務で対応するのは必ずしも天使とは限らない。相手は人間だったり悪魔だったりするわ。なら、覚悟しなきゃいけないものがある。それを担当するのが田辺さん。彼の担当は……いえ……まだ言わない方がいいわね。あなたはまず体験してからじゃなきゃわからないだろうから」
よくわからない。
しかし、田辺さんにも何か問題があるらしい。
フロシュエルは言いしれない不安を抱きつつも、まさか田辺さんが酷い人のはずがない。そう思わずにいられなかった。
「潰れちゃダメよフローシュ」
「え?」
「健太に靴取られたんでしょ。取り返すにはやっぱり戦闘力がいるね」
どういう意味かと問おうとしたフロシュエルだったが、小影は次の話題に向ってしまう。
結局聞きそびれてその話に乗っかることにした。
「はい。やっぱり健太さんからは靴を取り返さないと、ですよね!」
「隙を見て掻っ攫うのでもいいけど?」
「健太さんとは、正々堂々と勝ちたいんです」
これは、もうフロシュエル個人の気持ちの問題だった。
井手口さんの奥さんのように人間ならまだしも、犬にまで負けたままではいられない。そんな思いが湧きおこる。といっても、相手も本気を出してない地獄の番犬ではあるのだが。
「最後の洋館、これはまぁ、総集のダンジョン攻略って奴ね」
「でも、あの甲冑さん、一体相手にするだけで手いっぱいですよ? あんな数相手に戦うのは今はムリです」
弱音を吐くフロシュエルに、小影はため息を吐く。
「あのねフローシュ。あんた主旨忘れてる」
「主旨?」
「洋館に入った目的は? 甲冑を殲滅させるため?」
あっ、と気付いて手を打った。
「財布を取ってくるためですっ」
そう、目先の事ばかりで目的を忘れていた。
あの洋館に問われているのは敵の全滅ではない。
どうにかして洋館内に存在する財布を取ってくる事だ。
「よろしい。ではそのために襲い来る甲冑をどうすればいい? 一体一体相手にする?」
「いいえ。隙間を縫って抜けて、財布を目指すのが正解ですねっ」
「うん、よくできました」
「あ、でも……床が突然抜けるんですけど」
すると、また小影はため息を吐く。
「言ったでしょ、洋館はあんたの能力総集テスト。持てる力全て使って攻略すんの。で、あんたの背中に生えてるものは飾ですかぁ?」
「ああっ、そっか、飛べばいいんですね」
「まぁ、飛んだところで簡単には行かないだろうけど。ようするに、あらゆる力を使って目的地に辿りつくこと。任務には一番必要な事よ。自分に出来る事を把握して、その中でやりくりして生き残る。そして目的を遂げる。その為に何を犠牲にして何を手にするべきなのか。しっかりと考えて判断して攻略しなさい」
こうやって主旨を聞かされれば、なるほど、確かに天使としてやっていくのに必要な事ばかりだ。
「あれ? でも、聖技については全くないですよ、試験の試験」
「あれはイメージと応用だから。聖力の容量なんて鍛えようと思って鍛えられるもんじゃないでしょ。あんたの集中力と発想力次第なんだから」
聖技はイメージ力である。
ホーリーアローは弓を引くイメージに乗せ、矢としてイメージした聖力を相手にぶつける。
だから、結局はフロシュエルの発想力と集中力がモノを言う。発想力が豊かになれば別の発想で聖技を扱えるし、集中力が高まれば一度に扱える聖力の量も上がる。
そして技が磨かれれば磨かれる程に、聖力の容量も比例して増えて行くのだ。
「うん、だったらフローシュ、寝る前にテレビや本読んで発想力を付けなさい。人間が作り出した技や魔法を知って、まずはそれを使うようにイメージする。んでもって慣れた頃に独自の魔法というか聖技を編み出す。そうすりゃそのうち集中力とかも高まるわよ」
選択肢A:
→ 言われた通りに本を読む。
本は読まない。
小影から漫画やビデオを借りることになったフロシュエルは、さっそくその日に読むことにした。
漫画は……夢中になる程面白かった。