???日目3・百七拾肆
筆記試験を終えたフロシュエルはミカエルと共に皆から距離を取る。
その間にテスト用紙を鬼のように凝視するガブリエルと傍から覗き込むウリエルとラファエル。
そんな三人を、ハニエルだけがニヤニヤと見つめていた。
「あってる……わね」
「これは凄い。満点だぞ。不正も行われていないし、見習い天使としては充分過ぎる知識だ」
「そうですね。それに……」
一番下の長文に視線を向け、ガブリエルたちは息を飲む。
「彼女は、知ったようですね」
「どうする? 処分するか?」
「試験次第です。ハニエルもそのつもりでしょう。それに、ブエルが人間界に居ることが分かったのは僥倖ですね。魔統王と既に接触していることと、人間界に害を成していないことから放置しても問題はなさそうですが」
そう告げて、答案用紙から視線を上げる。
丁度配置に着いたミカエルとフロシュエルが闘いを始める所だった。
力比べはミカエルと両手をがっつり組んでの力比べだ。
背丈の違いから負けるのは分かり切っているのだが、どれだけ踏ん張るか、その時間とミカエル自身の判断で合否を決める。
「あ、開始したっぽい」
当然。どれ程力を付けようとも、腕力だけの勝負であればフロシュエルが勝つことなど不可能に近い。しかし、これは既にハニエルからフロシュエルに案を告げられている。
身体能力向上スキルであれば、使っても問題は無い、と。
がしりと互いの腕を組み合った状態でミカエルは力を込めた。
まずは軽く。そう思った所に物凄い威力が襲い掛かる。
ぎりぎりで気付いて全力を込め、そこでようやく拮抗したことに気付いて焦る。
相手の顔を見れば、してやったりとフロシュエルが笑みを浮かべている。
どうやらミカエルを慮って手を抜いていたのはフロシュエルの方だったらしい。
今のもミカエルが気付いた時に拮抗できるように力を押さえたようなのだ。
いいだろう。ミカエルはフロシュエルの誘いに乗った。
一気に力を込める。
徐々にフロシュエル側に両手が押されて行く。
が、直ぐにフロシュエルも力を込めて押し戻す。
「やるじゃないかフロシュエル」
「私の筋力だけじゃないですけどね。ハニエル様が使っていいとおっしゃったので魔力で強化させていただいています」
「ほぅ、魔力操作を覚えたか。なればよし。実は俺も使っているからな」
「え? それ初耳です。ちょっと酷くないですか!?」
「ただの筋力勝負など、下手に負けたら天使長として不甲斐ないだろう。この神技に気付くかどうかも試験の一つ。攻略する方法も試験の一つだ」
「なるほど、では、魔力という力技で、攻略させていただきます!」
「なにっ!?」
ぐぐっと、両手が押されて行く。
ミカエルにとって誤算だったのは強化した筋力ですらフロシュエルを押しかえせなくなったことだ。
徐々にだが上半身が上がり、エビ反にさせられる。
もはや殆ど背筋で耐えている状態にさせられ、そのまま倒れる直前、足を後ろに下げてなんとか耐え忍ぶ。
だが、それは敗北と同義であった。
互いにその場から動かず両手を合わせて押し合う力比べで、足を下げてしまったのだ。
悔しげに呻きながら力を抜くと、フロシュエルもまたミカエルから両手を放して息を吐く。
そしてにこりと微笑んだ。
「私の勝ち、ですね」
「そうらしいな。これで最初に試験Fランク? 詐欺ではないか? 特A級と言われても納得できるぞ」
頭を掻いてバツの悪そうな顔をするミカエル。
自分を退かせたフロシュエルになんとも言えない感情が湧き起こる。
「ぺヌエルの気持ちがなんとなくわかるな。はぁ、まぁいい。腕力は申し分ない。合格だと告げておくぞガブリエル」
「え、ええ……」
傍から見ていたガブリエルだって分かる。
ミカエルがわざわざ負けることは無い。すなわち実力で撃破したのだ。
あのフロシュエルが?
ありえないと思いつつ、再び答案用紙を見る。
これがもしも本当であれば、確かにハニエルの目が確かだったということになる。
フロシュエルは磨けば光る原石だった。
それが証明されることになる。
「確かに、知力体力は問題無いようです。ですが、戦闘はまだ分かりません」
そう、次は自分自身の目で確かめなければならない。
「おっけー。フローシュ。ガブリーちゃんなら大丈夫だろうし、全スキル解禁で」
「え? 深淵魔法もですか!?」
「大丈夫っしょ?」
「魔統王さんからまともに食らえば自分も死ぬとかお墨付き貰ったんですけど、本当に良いんですか!?」
え? 嘘でしょ?
ガブリエルは空耳だったかと耳を疑う言葉を聞いた。
深淵魔法。それはあの魔統王ですらも死を感じる魔法なのだそうだ。
それを、今から使われる? もしもそれが本当なら、自分、試験で死ぬんじゃないか?
ガブリエルの頬を、冷たい汗がつぅっと流れた。