???日目1
フロシュエルはその日、とてもさわやかな気分で起き上がった。
今日はついに天界へと帰る日だ。
既にハニエルが準備は行っているため、フロシュエルは普通に起きて朝食を食べるくらいだろう。
その後は小影に別れを告げて天界へ戻るのだ。
しばし窓から外を眺め、景色を眼に焼き付ける。
顔を洗いに向い、食事を終える。
最後ではあるが、和やかな朝食だった。
「うーん、最後だった訳だし最後の晩餐ってことでワインとブドウパンだけの方がよかったかな?」
「やめてください。とっても美味しかったですよニスロクさん」
真顔で小影に反論し、ニスロクにお礼を告げて立ち上がる。
食器を流しに持っていき、ハニエルが食事を終えるのを待って一緒に外に出る。
外に出ると、見送りに小影、ニスロク、そしてブエルがやってきた。
「ブエルさんはこれからどうするんですか?」
「うむ。しばし小影の家に厄介になった後は魔統王様の元へでも行こうかと。いや、むしろテナーだったか、奴の塔にでも厄介になろうかな?」
「お供しますよ魔王陛下」
ニスロクは部下のウコバク達と共にブエルに着いて行くようだ。
そこまで危険なことに加担する気はなさそうなのでニスロクたちについてはこのまま放置、無報告でいいだろう。
ハニエルもそのつもりらしく、彼らの居場所を天界に告げるつもりはないようだ。
「では、小影さん、ニスロクさん、ブエルさん、お世話になりました」
「うむ。息災でな」
「また出会えましたら美味しい料理を振る舞わせていただきましょう天使見習いさん。いえ、天使フロシュエル」
「あはは。まだ天使になってないですよ」
「いいじゃん、フローシュ。自信持って行きなさい。それと……試験官にガツンと実力見せつけてやんなさい」
「はいっ」
小影が拳を前に出して来たのでフロシュエルも拳を突き合わせる。
「行って来ます!」
ハニエルと共に翼を出現させ、空へと舞い上がる。
徐々に小さくなる小影たち。
空を見上げて手を振ってくれていた。
小さくなっていく小影の家。
自分が過ごした街並みが小さく、小さくなっていく。
やがて街全てが視界に収まり、天高く舞い上がったところで天界のゲートが開かれた。
ハニエルが開いたゲートに、まずはフロシュエルが入り込む。
最後に一瞬だけ、地上に振り向く。自然と流れていた涙が零れ落ちた。
ゲートを通り抜ける。
先程までの空とは違い、天界特有の聖気に包まれた大地が広がった。
一年すら経っていないというのにどこか懐かしい故郷に戻った感覚を覚える。
そういえば、こんな空気だったな。こんな大地だったな。
そんな事を思いながら天界の大地を踏みしめる。
土、ではない。土のように見えるがそれは雲で出来ている。
草は生えているが全て霊草という聖気を吸収して成長する雑草だ。
大地として固められた場所以外は雲のままなので雲の上に大地が広がっている状態。そのため無数に別れた雲の上の大地には、羽を使って飛んで行かなければ移動が不可能になっている。
「フローシュ、こっちよ」
ハニエルに案内されるまま、二人とも翼を羽ばたかせて天界の空を移動していく。
大地には何人もの天使たちがいる。
そうだ。もうここは天界なのだから、天使がいて当たり前なのだ。
ここにブエルのような魔物はおらず、羽の無い人間も居ない。
何処を探しても天使しかいない。
何故だろう? フロシュエルは違和感を覚えてしまう。
人も魔物も天使も、一緒に笑い合えるはずなのに、ここには天使しかいないのだ。
「少し、哀しいですね」
「ふふ。随分と人間臭くなったわねフローシュ」
「……人間、臭く?」
思わず自分の臭いを嗅ぐフロシュエル。昨夜使った小影愛用のシャンプーの匂いしかしなかった。
「ふふ、そうじゃなくってね。普通の天使なら合理的な考えしかしないのよ。相手が悪なら断罪、善なら無罪。でも、今の貴女はそうじゃないでしょ?」
「あ、はい。良い人でも悪人はいますし、悪い人でも良い事はします」
「それが人間臭いって言うの。別に悪いという訳じゃないから大丈夫よ」
「そ、そうですか。まぁ皆さんにいろいろ教えられましたしね」
今まで出会った人々を思い出す。
変な人もいた。意地悪な人もいた。
親切な人もいた。悪い人もいた。
「それでも、感謝しかありませんけどね」
眼を閉じ、思わず苦笑する。
「こらフローシュ。眼を閉じながら飛行しない」
「あ、すみません」
目的地が近付く。
雲の大地に白色の階段が作られ、軽く1000段はある階段の上に、パルテノン神殿を思わせる白作りの神殿が建っていた。
天界には基本施設類は存在しない。雨になることもないため天井が不要。襲われることも無いので壁も家も不要、結果外で眠る天使しかいないのだ。
施設として存在するのは役所の機能を持つ目の前の神殿や、判決を行う神殿、書物を管理するラドゥエリエルの書庫などくらいなのであった。