二十六日目3
会議が終わった後は、あいさつ回りのために準備を始める。
慌ただしいがやらなければならないことだ。まさか明日試験を受けることになるとは思ってもみなかった。
とりあえずは試験の試験になっていたメンバー。あと源蔵じいちゃんとののかさんか。
けん太にも挨拶をしておくべきだろう。
あとはテナー・ピタの塔にいる四大精霊ぐらいだろうか?
まずは小影の家にて、もう帰るらしいドクターとレウコに挨拶を行う。
キキとは会わずにサヨナラすることになるが、本人は気にしないだろうと城内に言われ、キキに会いに行くことは止めておく。結構遠くでもあるのでわざわざ行く必要はないだろう。
学校に戻るから、という理由で龍華と完全ともまた、ここで挨拶を終えておく。
別に会えなくなる訳ではないので涙の別れにはならなかったが、玄関を出ていく完全と龍華の後ろ姿は、なぜかフロシュエルの脳裏に鮮明に焼きついた。
一抹の寂しさを抱えながら部屋に戻り用意を整える。
大した用意はないが、姿見で容姿を整え、外に出ても問題ないかの確認を終える。
部屋から出て玄関へ。靴を履いていると、遅れてロストとピクシニーが玄関にやってくる。
ロストもそろそろ帰るらしい。
遅れ現れたテナー・ピタがピクシニーと共にフロシュエルについて来ると言いだした。
断る理由は無いので快くお願いする。
三人で今まで辿った道を行く。
小出さんに挨拶をして、バロックさんの家で臭いに苦心しながらお礼を告げる。
小出さんは結局自力では返してもらえなかった。スライムが居てくれたから何とかなったが、自分の発想力の無さを考えさせられた。
バロックさんは獲物を追い詰める方法を考える切っ掛けになった。
逃げる相手をどうやって追い詰め倒すか。きっと今後の糧になるだろう。
井手口さんの所に行くと、おばさんが顔を出す。
一瞬泥棒猫。とか言われたが、顔を見て直ぐに気付いたようでフローシュちゃんじゃないいらっしゃい。と柔和な笑顔になった。
あまりの変化で驚いたが、一先ず挨拶だけ告げて御暇する。
結局この人と闘うことはなく敗北したままなのだが、条件によっては相手が軟化して難易度を下げることが出来ると教わっただけに、感謝の気持ちは忘れない。
できるならば、正攻法で彼女を倒したかった。殴られた痛みは未だに忘れてないのだ。
とはいえ恨みを覚えるほどではないので残念とだけ思って心の奥底に封印する。
公園に向かう。田辺さんがいつものようにベンチに座っていた。
挨拶を行うと、頬を掻いてもぅ帰られるのですか残念ですと言って来る。
正直田辺さんは苦手だ。柔和な顔で嘘を付ける人だからだろう、なんだか胡散臭さというか、油断ならない不気味さがわかるようになってしまった。
次に向ったのはテナー・ピタの塔。テナー・ピタ自身と空を飛んで最上階に入れば、既にそこに集っていた精霊たちと出会う。
別れを告げると、がんばって。と応援されてしまった。
テナー・ピタはここに残るということで、別れを告げてピクシニーと共に立ち去る。
清水さんの家にやって来てけん太と戯れ。別れを告げて野中さんの家に向かう。
連絡が行っていたのだろう。洋館に向かえば洋館前に野中さん家族が待っていた。
姉妹が凄く辛そうに頑張って来てね。と涙ながらに別れを惜しむので、胸が熱くなって貰い泣きしてしまった。
しばしの憩いを堪能し、フロシュエルは椎名家へと向かう。
結局あんまりいけてなかった椎名家だったが、ののかは快く迎え入れてくれた。
ピクシニーともども居間に案内されて、源蔵さんと対面する。
おじいちゃんは本日も全開で痴呆していた。
なぜ頭の上に置いたメガネを何度も探すのか。
指摘されて気付いた後もしばらくしたらメガネがないと言いだすし、気付けばオナラして浮き上がっているし、この人は最初から最後まで謎でしかなかった。
「試験に行くのか?」
「ふぇ!? は、はい」
「そうか、がんばるのじゃぞ」
そして不意に真面目な話っぽいのを振ってくるのも相変わらずであった。
源蔵相手に戸惑いながらも別れを告げて、小影の家に戻ってくる。
家に帰る直前でピクシニーと二人立ち止まる。
「今まで、ありがとうございました」
「きにすんな。それよりも、がんばりなさい」
「はい。ピクシニーさんも、お元気で」
「こんじょうのわかれじゃないんだから……こういうときはこういうの。またね、フローシュ」
「あ……はい。また、会いましょうピクシニーさん」
その別れに涙は無かった。
また会おう。そう約束したのだ。だったら一時の別れに涙は要らない。
いつものように手を振って別れる。
「おかえりフローシュ」
家に帰ると小影が待っていた。
フロシュエルの顔を見ると、一瞬驚いた顔をするものの、小影は直ぐに笑顔を作り、両手を広げた。
「明日は大舞台でしょ、ほら、胸貸したげるから今のうちに泣いちゃいなさい」
無言でフロシュエルは飛び付いた。
初めは声を殺し、嬉しさと切なさを涙に変えて流して行く。
そんなフロシュエルの頭を優しくなでて、小影はしばし、フロシュエルを優しく抱きしめるのだった。