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天使見習いフロシュエル物語  作者: 龍華ぷろじぇくと
一日目・共通ルート
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三日目2

 向うは三件目の井手口さん。

 今日は、痛い思いをしてでも、一度正面から立ち向かう。

 きっと、井手口さんの奥さんに試されるのは戦闘力。


 魔物を相手に戦うのが天使。人間相手に負けていては意味がない。

 今は敵わないかもしれない。でも、相手が格上だからとビクついていては天使になど一生なれないだろう。だから、今回の戦闘で相手を攻略する糸口を見付けだす!


 井手口さんの家に着いたフロシュエルは、チャイムを押してみる。

 手が震えていた。

 やはり、実際に家まで来ると全身が拒絶反応を示しだす。

 それでも気丈に振る舞いフロシュエルは目の前のドアを見つめる。


 来るなら来い!

 前回のように何も分からないまま殴られるだけでは済みませんよ!

 そんな決意を持っていたのだが……


「はい、いらっしゃ……おや?」


 戦闘に入るだろうと覚悟しただけに、その男の登場は予想外だった。

 冴えないおじさんの登場に拍子抜けしたフロシュエル。

 先程までの決意などどこか明後日の方向へと飛んで行ってしまっていた。


「井手口さん、ですよね?」


「はい。ええと、おそらくですけど小影さんの?」


「そうです。借金の取り立てに来ました」


「えーと、二万円だっけ」


 と、ズボンのポケットから財布を取り出し……

 その井手口さんの首根っこを太い腕が掴み取る。

 フロシュエルがそれに気付いた瞬間、音も無く井手口さん(夫)は消えていた。


 少し、時間を置いて、家の中から激しい打撃音が響き渡る。

 フロシュエルは思わず顔を青くした。

 絶え間なく続く打撃と家を揺るがすような絶叫に、知らず身体が震えだした。

 謎の怒声も聞こえた。ドロボー猫がどうのとその声が聞こえるたびにフロシュエルの顔から血の気が引いて行く。


 しばらく続いた音は、突如静寂に替わる。

 フロシュエルはそれ以上、その場に留まることに死を感じ、ついつい家から遠ざかる。

 入口の壁から顔だけ出して窺ってみると、井手口さん宅から憤怒の形相で現れる赤鬼のような奥さん。

 倒すべき敵ではあるのだが、フロシュエルが彼女の前に立つことは無かった。

 思いはすれど身体がその通りに動くかどうかは別問題。フロシュエルには、未だ勇気が足りなかった。




 公園にやってきたフロシュエルは、ベンチに腰掛け溜息をつく。

 頭では分かっていても身体が出ないのでは意味がない。

 天使として闘いに駆り出された時、こんな状態では仲間に迷惑をかけるだけじゃない。

 いや、そもそもが天使になれるはずもない。


 自分は向いてないのでは?

 今さらながらそんな思いが込み上げる。

 小影の試験は確かに難しいが、ある程度の天使なら楽にこなせる程度のモノなのだ。

 確かに、これが完済できないようでは天使としてやっていけるはずもない。


 それが分かってしまった。

 理解できてしまった。

 自分は、天使に成れるほどの器にまだなってない。

 こんな状態で試験を受けようとしているのだからおこがましいにも程があるのだ。


 むしろこんな能天気にダメダメな能力で受かろうとしているフロシュエルを鍛えようとしてくれてるハニエルや小影に申し訳ない気持ちが湧き起こって仕方がない。

 でも、これ以上やったとして、自分が本当に試験を突破できるようになるのか?

 不安が鎌首をもたげていた。


「おやおや、黄昏ていますねぇ」


 頬に冷たい感触を当てられ、フロシュエルは思わず「ふぁっ」と声を上げてしまった。

 頬にあてられたのはスポーツドリンクの入ったペットボトルである。

 気が付けば、田辺さんがすぐ前に居て、ペットボトルを手渡してきた。

 田辺さんである。人懐っこい笑みを浮かべながら、田辺さんはフロシュエルの横によいしょと座る。


「これもどうぞ。今日は奮発して110円のソーセージパンですよ。そっちのジュースは150です。いやー、今日は儲かりました。自販機の下に260円を見付けた時には小躍りしましたよ」


 フロシュエルは思わず受け取りお礼を言う。

 袋を開けてパンを食べ、ペットボトルをがぶ飲みし、ようやく一息ついた。

 全て平らげてから、ふと、疑問に思う。苦労して手に入れたお金で買ったものを私などに与えてよかったのでしょうか? と。

 しかし、田辺さんの柔和な顔を見ていると、良い人だから困ってる人を放っておけないんだろうなぁ。と納得してしまった。

 だからだろうか? つい、漏らす。


「私、どうすればいいんでしょうか?」


「どう? と言われましても」


「小出さんは家から出てきませんし、バロックさんは逃走するし、井手口さんは……」


 奥さんを思い出し、身体を震わせる。


「田辺さん、何か……いい方法ありませんか?」


 人に頼るのは、ズルな気がする。

 でも、頼らずにはいられなかった。

 誰だって、優しくしてくれる人にはつい、頼みたくなってしまうのだ。

 自分の困った現状を、救ってくれと縋りついてしまう。


「良い方法……と言われましてもねぇ」


 少し考えるしぐさをし、ぽんと手を打った。


「では嘘泣きというのはいかがでしょう?」


「嘘泣き?」


「家の前で泣きながら訴えるんですよ。そうすれば近所からの助力も得られるでしょうしねぇ。出てこざるをえないのではないでしょうか? 他にも大声で呼びかけ続けるのもいいですし、相手が根負けするまで粘るのもありでしょう。逃走に関しては先周りをするとか、相手の行動を妨害して追いつめるとか、いかがでしょうかねぇ?」


「……家の前で、泣いて頼む……ですか」


 嘘を付くのは天使法に抵触する。でも、ただ泣くだけならば、出来るかもしれない。

 見えた光明に、フロシュエルは思わず顔を上げる。

 まさに仏を思わせる田辺さんの顔を見て、思わず両手を合わせて拝むフロシュエルだった。

 もう、田辺さんには足を向けて寝られません。

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