二十五日目6
野中邸クリア。
フロシュエルがふぅーっと息を吐いて落ち付いていると、なぜか館の後ろから回り込んで現れるハニエルとブエル。
ずぶ濡れなのは何も言わない方が良いだろう。
お怒りモードの二人は、フロシュエルを見るなり肩を怒らせやってくる。
スライムが慌てるようにフロシュエルから野中さんへと飛び移った。
背中に回って自分だけ危険から回避を試みる。
この危険察知能力が高いからこそ彼はリフレクトキングスライムへと至れたのである。
「やってくれたわねフローシュッ」
「まさか貴様に出し抜かれるとは思わなかったぞ天使見習いっ」
「あ、あはは……いえ、その、ほら。私ではあの骨ドラゴンは勝てないじゃないですか。でもダッシュで駆け抜けるにも私だけだと叩き潰されそうで、どうしても相手の注意を逸らしたかったんです」
理屈は分かる。しかし、素直に言えば良かったのだ。アイツの注意を引き付けてくれと。
ただ、そう言われたところで俺が私が一番にクリアするんだと躍起になっていたハニエルとブエルが了承してくれるかは微妙だっただろう。
そう思ってみれば、フロシュエルの取った行動は必ずしも悪手ではなかった。
とはいえハニエルとブエルからすれば裏切られたようなもの。
まさかフロシュエルがそんなことする訳がないと思っていただけに、あまりのショックで無防備に骨ドラゴンに一蹴されてしまったのだ。
あまりの屈辱に池ポチャされた後はフロシュエルへの怒りでいっぱいだった。
「こっのぉぉぉ。フローシュめぇぇぇ」
「ええい、なんという屈辱。天使見習いなどに出し抜かれるとはっ。魔王を虚仮にするとはいい度胸だ」
「す、すいません。でも、お二方の御蔭で試験の試験は全て合格できました。ありがとうございます」
真摯にお辞儀するフロシュエルにうっと呻くハニエルとブエル。
フロシュエルが冷静な御蔭か、怒りと勢いが少しずつ薄れ始めたようだ。
困ったように顔を見合わせたハニエルとブエルが溜息を吐く。
「まぁ、そもそもフロシュエルの試験だった訳だし……」
「うむぅ。確かにその通りか。大天使と魔王を出し抜く程に成長したことを素直に喜ぶべきか?」
まだ納得しきれていない二人に、フロシュエルは笑顔を向ける。
「さぁ、ニスロクさんがおいしい料理を作って待ってますよ、帰りましょうハニエル様、ブエルさん」
「え? あ。うん。うん?」
「そ、そうだな……ん?」
さぁさぁと背中を押して二人を家に戻すフロシュエル。
その背後には野中邸から出て来た娘さん二人と共に野中さんが手を振っていた。
ようやく解放された。と娘さん二人が抱き合って喜んでいるのを見て、はっと気付いたスライムは慌ててフロシュエルを追って来る。
危うく野中さんに張り付いたままフロシュエル達を見送る側になる所だったのである。
「しっかし、なんやかやありながらフローシュがクリアできちゃったのねぇ」
「貴様とタイムアタックなどしなければ我が早々クリアできていた」
「私だって競ったりして無けりゃ慎重にできましたー」
競い合っていたせいか仲が悪くなりかけているハニエルとブエルに、フロシュエルは背中からまぁまぁと宥め掛ける。
「まぁまぁ落ち付いてください。天使見習いの私がクリアできたんですから、急いだりしなければ大天使のハニエル様や魔王であるブエルさんがクリアできないわけないじゃないですか。そもそもあれは私がクリアしなきゃいけない試験の試験だったんですから二人が本気でクリアしたら小影さんと野中さんが泣いてしまいます」
それもそうか? と納得しそうになるハニエルとブエル。フロシュエルが持ち上げるので二人ともそこまで悪い気はしない。
フロシュエルが目の前でクリアしてしまったこともあり、二人が屋敷を攻略しようという熱意は失われ始めていた。
野中姉妹が寝れない夜を過ごすのももうないだろう。
今日はベッドでゆっくりと眠ってほしいと思う。
「戻るのは良いんだけどさフローシュ」
「はい、なんでしょう?」
「確か小影ちゃんの出した試験、全部クリアしちゃったのよね?」
「あ、はい。頑張りました」
「そっか……じゃあ、もういつでも二次試験出来るわね」
「……え?」
言われて気付く。
確かに試験の試験は全て突破出来てしまっていた。
ロストからもこれ以降の試練は無理とお墨付きを貰い、龍華や完全からも充分だと免許皆伝を言い渡されている。
おそらく、以後は言われた修行を自身で行う位でこれ以上のレベルアップはあまり望めないと思った方が良いだろう。
つまり、ハニエルの言う通り二次試験を受けることが可能になったのだ。
「小影ちゃんと相談するわ。明日にでもどうするか教えるから、後は貴女次第よ。フロシュエル」
真剣な顔で告げるハニエルに、ついに自身の最後の挑戦が始まろうとしていることを、否応なく自覚するフロシュエルだった。