二十五日目5
「見えましたかスラさん」
落ち付いて来たフロシュエルに言われ、リフレクトキングスライムは小首を傾げた。
何が? といいたいのだろう。
「この部屋が目的地です。骨ドラゴンの背後にデスクがありました。そこに財布が無造作に置かれてたんです」
それはまた、面倒そうだね。とスライムが他人事のように言う。
「ええ。面倒です。でも骨ドラゴンを倒す必要は無いようです」
スライムから疑念が届く。どういうことか分からないようだ。
「私達の目的はあの財布を手に入れ野中さんが借りているお金を回収することです。つまりあの財布を手に入れることが出来ればクリアです」
なるほど、とスライムは触手をぽんっと打って納得する。
「ではでは、スライムさんに質問です。アレを手に入れるために私達がすべきことはなんでしょう? 複数ありますよ」
スライムはしばし触手を組んでむーんとうなる。
唸っている感じがするだけで実際はぷるぷるしているだけではあるのだが。
「まずは一つ目、アレを掻い潜って財布だけ奪取して逃げ切る」
ああ、そっか。闘うことばかり考えていた。スライムが目がらウロコを落とすように納得する。
「次にスラさんが言うように闘う方法。正直壊していいのかも分かりませんし、現実的ではないでしょう。第一あの狭い部屋でどう闘えと?」
正直あんなのと闘うとか面倒な事をする気にはなれない。
だからやるとすれば攻撃を掻い潜っての奪取だろう。
けど、それよりもいいのは……
フロシュエルは管制室に向かうと、ドアを叩く。
鍵が掛かったままだが、中から野中妹の声がする。
「なぁにフローシュ。一応伝えとくけどあそこからお父さんの財布を手に入れられればクリアだよ?」
「それは分かっているのですが、あの骨ドラゴン、破壊してもいい奴ですか?」
「おお、大きく出たねー。あれはとある知り合いがお父さんが作った骨ドラゴンにコーティングした『骨ドラゴン改』だよ。魔法とかいうのなんか反射しちゃうんだから」
「それはまた凄いですね」
「まぁ、万一壊れても、それはそれで小影さんに請求するからだいじょーぶ」
よし、壊そう。というか、万一壊れても大丈夫そうだ。
フロシュエルの方針は固まった。
「お、フローシュ、まだいたんだ」
「あ、ハニエル様丁度いいところに。ブエルさんも、今回はこっちに来れたんですね」
「うむ。なんとか急カーブを曲がりきった。円形状の我が肉体が恨めしいぞ」
きっとブエルはあの車輪型の体型のせいでずっと階段転がって天井プレスを受け続けていたんだろう。魔王ながら哀れである。
「お二人とも正解の場所を見付けたんです。ただ、なんか凄いのがいましてですね」
「「な、なんだってーっ!?」」
自分たちがなんとか躍起になって探していた正解への道筋、既に見つけたと聞かされ崩れ落ちるハニエルとブエル。
ブエルなど器用に四つん這いになっている。
「まぁ、そういう訳で、こちらの部屋を攻略出来ればクリアだそうです」
溜息吐きながらハニエルとブエルが部屋の扉を開く。
即座に閉めた。
「え? 何アレ? エイシェントドラゴンの骨?」
「魔力は感じなかった。しかしあの光沢、魔法反射素材か」
見ただけで理解するブエルに思わずフロシュエルは感心する。
腐っても魔王、魔法を反射することを即座に見抜いた技量は脱帽モノだった。
「その通りです。魔法反射属性の巨大な骨なので……」
「皆まで言うな。アレを壊せば、良いのだろう?」
「ふ、ふふ。クリアしてやるわ。魔王よりも早く」
「冗談ではない。大天使など魔王の足元にも及ばぬことを思い知らせてやる。アレを倒すのは我だ」
そして二人が再びドアを開いて突撃していく。
そんな姿を見届け、フロシュエルはスライムに告げる。
「方法三つ目。自分以外の誰かに邪魔者を始末して貰う」
鬼畜か!?
魔王と大天使に邪魔な骨ドラゴンを撃破して貰おうとするフロシュエルに戦慄するスライム。
随分と黒い天使に育ったものだと感心し、それでも堕天していないフロシュエルに天使ってこんなのでも成れるんだなーとしみじみ納得する。
「さて、そろそろ行きますか」
準備運動を行い屈伸運動を始めたフロシュエル。足の腱を伸ばして気合いを入れる。
既にドアの向こうでは打撃音やら風斬り音、なんかよくわからないけど凄い轟音が響き渡っている。
「フォローよろしくお願いしますスラさん。駆け抜けます!」
ドアを開き、用意、ドンッ!
一気にトップスピードで駆けだすフロシュエル。
ハニエルの閃光弾を躱し、ブエルの火炎弾を飛び越える。
骨ドラゴンの尻尾を潜り抜け、一直線にデスクを目指す。
振り下ろされた尻尾の一撃を、スライムが盾となって受け流す。
「うぁ―――――ッ!!」
思わず声を出していた。
尻尾が再び振るわれフロシュエルを妨害しようとする。
フロシュエルは尻尾が迫るその瞬間、飛び込むようにして尻尾を飛び越えデスクの上に腹ばいで激突、ぎりぎりで財布を奪い取り、転がりながら窓へと向かう。
「スラさん、私の身体を包んでくださいっ」
言われるままにフロシュエルを包むスライム。フロシュエルは迷うことなく窓へと突貫。
窓を突き破り外へと脱出した。
「「な、なんだとぉ――――っ!!?」」
まさか天使見習いに利用されたとは思ってもみなかったハニエルとブエル。敵わないから自分たちを頼っていたとばかり思っていた二人は、完全に出し抜かれる形になって呆然としていた。
そこに、骨ドラゴンの尻尾が襲いかかる。
「「あっ……」」
二人の悲鳴が飛びだした窓の方から「おのれフロ――――シュッ」とか「私を騙したわねーっ」とか聞こえた気がする。
落下したフロシュエルはクルリと身を翻して着地。
慌てて外に出て来た野中さんに財布を手渡す。
「これで、クリアです」
荒い息を吐く野中さんに、フロシュエルはにこやかに答えたのだった。