二十四日目11
「ふ~、がんばりました」
額を拭う動作をしてフロシュエルが一息付く。
ロストは呆然だ。
まさか自分が用意した魔物全員が殲滅されるとは思わなかった。
「これはいよいよ、魔王の出番じゃないかなー」
小影のどうでもいいといった台詞にぷるぷる震えて同意するリフレクトキングスライム。
しかし、だからといってロストは魔王を出現させる気はなかった。
何しろそれを行ってしまうと天使共が降りてきかねないのだ。
「あ、そうだ。だったらハニエルに頼んで天使と闘わせればいいんじゃん」
「はい?」
結界が解かれたので戻ってきたフロシュエル。
突然の提案に小首を傾げる。
「流石にこれ以上は魔王しか出せなくてね。でも地上に魔王を出すと大問題だろ? という訳で、僕からの修行はここまで、だね」
「おお。魔王様から免許皆伝だって」
「ええええええっ!?」
「というかもう、これ以上は地球がヤバいから」
「私の修行は地球危機規模なんですか!?」
なんだそれ!?
驚くフロシュエルに、え、当然だろ? 何言ってんの? とロストと小影がきょとんとした顔を向けて来た。
一人が相手なら冗談だと思えるが二人揃ってそんな顔されると自分が間違っているのかと思ってしまうフロシュエルが焦る。
「え? 本当に?」
「当たり前じゃん」
「だってフローシュだし」
なんだそれ? と思ったが、リフレクトキングスライムまで頷くと哀しくなる。
結局ロストとはここで修行終了となり、納得いかないもやもや感を抱えたままフロシュエルたちは帰路につくのだった。
ダイニングルームに戻り夕食を行うことにする。
今日は随分移動した気がする。正直疲れたので早めに寝たい。
テーブルに既に用意されている食事を前に椅子に座ると、隣に誰かがやってきた。
「あれ? ブエルさん戻って来……」
隣を見て唖然とする。
二メートル位あるゼリー状のプルンとした存在が隣に居座っていた。
「あ、そう言えば今更だけどスライム付いて来たのねー」
「え? 反応薄っ!? それで良いんですか?」
「まぁ、いいんじゃない?」
家主である母も小影も気にしてないようなので、問題は無いらしい。
いいのだろうかと疑問に思いながらも誰も気にしてないので自分も気にしないことにした。
スライムは触手を使って新たに用意された食事を自分の身体に突っ込んでいく。
皿まで一緒に入れようとしたので小影が嗜めたが、それ以外は全て身体に突っ込み溶かしているようだ。
溶けていく姿が見えるのがまた食欲を失せさせる。ニスロクさん、なんか小人みたいな姿がスライムさんの中に入ったんですけど、あれ、食材?
なるべくスライム側を見ないようにしながら食事を終える。
最初に来た時は小影と二人かハニエルが横にくっついていただけの慎ましやかな食卓だったはずなのに、随分と賑やかになった。
「それでフローシュ」
「はい。なんです小影さん?」
「明日はやっぱりやるの?」
「当然です! そろそろ本格的に攻略に乗りだしますよ。小影さんもクリア済みだと言いますし、第一早くクリアしないと野中さんの娘さんたちが寝不足で死んでしまいます。少し前からヘルプメールが山のように来てるので」
「うわーお」
呆れる小影に困った顔をするフロシュエル。
野中邸の娘二人は絶え間なく迫るハニエルとブエルを脅かすために二人が館に居る間は起きていなければならないのだ。
つまり、ここ最近寝る間が無くなっているのである。
「早めに休ませてあげたいかなぁと。実力不足ですけど」
「あんたで実力不足とか、いや、私が用意したんだけどさ……あ、そうだ、せっかくだしスラちゃん手伝ってあげて」
触手を自分に向け、え? 俺っすか? みたいなジェスチャーをするスライム。
小影はうんっと頷くと、フロシュエルへと視線を向けた。
「折角だから団体戦も体験しておきなさいフローシュ」
「団体戦、ですか?」
「天使ったって任務は一人でとは限らないでしょ。チーム戦になる可能性もあるなら試してみなさいよ」
「なるほど……チーム戦ですか」
スライムも乗り気なようで任せろと触手を掲げてみせる。
本来の天使であればスライムと一緒に攻略など死んでも嫌だと告げるだろうが、フロシュエルはもはやその認識の垣根が取っ払われている。
スライムだろうが妖精だろうが、友人と認めたら普通に付き合えるのだ。
そういう意味では地上に降りて来たフロシュエルにとって幸運的な出会いの数々だったのだろう。
「わかりました。リフレクトキングスライムさん、明日はよろしくお願いしますね?」
任せろ。と差し出された触手と握手する。
そんな天使と単細胞生物の邂逅を見ながら、なんだこれ? と呆れる小影がいたことを、二人が気付くことは無かった。
そして、本日も届いた野中姉妹からの救援メールに、明日向います。と返事してありがたがられるフロシュエルがいたのであった。