二十四日目5
「小影さん!?」
「ほらー、見知らぬ人に付いて行かないってさっき言ったばっかしでしょフローシュ」
「いえ、それはそうですけど、あの、もしかしてこの人たち……」
よろめきながら起き上がった男達はバツの悪そうな顔をする。
「あー痛ぇ。女の子なのにすげぇな」
「俺、今ので何かに目覚めたかも?」
「俺は元からフローシュちゃん大好きだったからな。グヘヘ」
そんな男達に小影がお金を渡している。
呆然と見つめていると、小影が手を振り、男達が去っていった。
「あの~小影さん?」
「いやー、いい仕事するわあの三人。なんか良い容姿のが居たから頼んでみたけど、あの見た眼に反して紳士過ぎっしょ」
「小影さぁ~ん?」
怒りと呆れを込めて名前を呼ぶ。
当の小影は笑みを浮かべて振り返って来た。
「フローシュの場合は純真無垢が売りにならないんだよね。天使として仕事する訳だから、相手を疑うこと、素直に信じ過ぎないことを覚えないと」
「うぐっ。で、でも、今のは怖かったんですよ!」
「そうね。そうするように教えたんだし。いいフローシュ、今回のはただのシュミレーションだからよかったけど、もしも一人で行動中に同じようなことになったらどうするつもり? ……と言いたかったんだけど、まさか自分で解決するとは」
「だって、小影さんが助けに来るかどうかも分からないじゃないですか、これでも必死にパニックにならないように頑張ったんですよ。相手が人間ですから殺してしまわないようにって」
「そっちかい」
はぁっと溜息を吐いてうーんと考える。
「まぁ、あんたの美点か純真無垢は? いや、純真? 無知なだけ?」
「ちょ、そこは純真無垢でいいじゃないですかー」
フロシュエルの抗議ににははと笑い。小影が手を差し出す。
「なんです?」
「一応試練の一つのつもりだったんだけどね。見事突破されたからおめでとうの握手」
はぁ。とフロシュエルが手を握り握手をした瞬間だった。
ぎゅんっと引かれてくるりと倒される。
「ぎゃん!?」
「ほら、また不用心」
「うぅ……」
自分が不用心だということを教えてくれてるんだろうけど、出来れば口頭で告げてほしいと思うフロシュエルだった。
「さって、とりあえず用心することの大切さも教えたことだし、フローシュの見学でもしますかね」
どうやら次は秘密基地での毒舌コースのようだ。
動物園を後にしてフロシュエル達は秘密基地達へと向かうのだった。
「ところで小影さん」
「ん?」
「あの覚さんでしたっけ、あの人に会うのはいいんですけど、結局何のためだったんですか?」
「あー。あれはフローシュの人と成りを見て貰ったのよ。危ない兆候がないかも見て貰ったの」
「危ない兆候?」
「急激に力を付けたでしょ。だから、グハハ俺氏無敵チートヒャッハーとか思ってたりしないかとか、人間なんてクソばっかだわ。殲滅しなきゃ、ええ人類殲滅エンド乙とか心の中で思ってないかを調べて貰ったの」
「な、なるほど……」
確かに、覚ならばそういう心の奥底に隠れた本音を見るのに適しているだろう。
そして、どうやら問題無しになるようだ。
そのことには安堵すべきだろう。本人に説明無しで疑われたのはちょっとショックではあるが。
「おおようやく来たか」
話をしているうちに目的地に辿りつく。
謎の音を出す機械だらけの室内に、男が一人、待っていた。
「あれ、ドクターさん、なんか待ち望んでました?」
「ハッ、貴様のような小娘風情をなぜ私が待たねばならん?」
「と、言いながら天使見習いはまだか、あいつはいつくるんだ。と貧乏ゆすりをしていました」
「おいキキっ」
ドアを開き、応接間からやってきた紫の少女が無表情で告げる。
慌てたドクターなどお構いなしに一言告げた後はさっさと応接間に戻っていく。
「んじゃ、そっちの部屋に行きますか」
「お、オイ待て、私の許可が出てないぞ」
「え? 許可いんの?」
「いりませんよそんなもの。ドクター、さっさと行きましょう」
「ぐっ。さっそく毒を吐くな天使見習いめ」
この施設に入った瞬間口調は毒舌モードである。
そうしておかないと授業にならんと今苦情を吐いたドクター自身から教えられたのである。
「では、毒舌の授業を始める。ストレスの限界値は充分か?」
「どうですかね、貴方の対応次第ではないですか?」
「ふっ、どうやらエンジンは既に温まっているらしい」
「……はー、成る程、フローシュが最近妙に毒吐くようになったのはここのせいかぁー」
フロシュエルにとっては毒舌自体は田辺さんに対抗するために欲しかっただけなので、もはや要らないとも言えるのだが、あって困るモノでもないので毒の吐き方、回避の仕方、対抗の仕方を学んでおく。のである。
小影の方が居づらくなるほどの毒の応酬が繰り広げられるのを、小影はただただ隅で小さくなりながら紅茶を飲んで見守るのであった。