二十四日目3
ぺったぺったぺった、きょろきょろ、グワッ、ぺったぺったぺった
フロシュエルの目の前でペンギンが一匹。しばし歩いて立ち止まり、周囲をきょろきょろと見たと思うと両鰭を開いてグワッと一声。そしてまたぺったぺったと歩いて行く。
何がしたかったのかはわからないが、ペンギンの生態など分からないフロシュエルが深く考えるようなことでもない。
ただペンギンが歩いて止まって嘶いてまた歩き出した。それだけのことだと納得してしばしペンギンの後ろ姿を見つめる。
近くに居た子供に見付かり抱えあげられるペンギン。
お母さんペンギンさん見っけたーと嬉しそうに駆けていく男の子。気付いた母親が慌ててペンギンを解放して近くで苦笑いしていた係員に平謝りしていた。
当のペンギンはそんな人間たちなどどうでもいいと今まで通りにぺったぺった。後ろ姿が可愛らしい。
「フローシュ?」
「ほわっ。待ってください小影さんっ」
気付いた時には既に数メートル先に居た小影。
迷子にならないように慌てて彼女の元へと走り寄る。
「もう、珍しいのは良いけど迷子にならないでよね」
「は、はい。えっと、それで、動物園で何処に向かっているんですか?」
「フローシュはさ、妖怪って知ってる?」
「はぁ、妖怪、ですか?」
「うん、脛擦りとか九尾の狐とか」
「なぜ例えがその二体なのか気になりますが、ええ、UMAについてならそれなりに。天界から降りる際に世界知識の一つとして勉強してあります」
「うん、ならいいかな。ここの動物園にはね、居るんだよ妖怪」
「うっそん!?」
「まぁ、妖怪っていうか……実際には怪人なんだけどねー」
と、小影がやって来たのは一つの檻。
結構な人だかりができている。
「アレは?」
「覚って言われてる人」
「妖怪っていうより、ただの人ですよね。何で動物園の檻に入ってるんですか?」
彼以外にも何人か見掛けたことは心のゴミ箱に3Pシュートを決めて、フロシュエルは小影に尋ねる。
「アレは人間ではなく妖怪覚という枠だから動物の一種として檻に入ってんの。まぁ、勝手に来館者相手に商売してるみたいだけどね」
確かに、よくよく見れば人だかりというよりは順番待ちの列に見える。
一番先頭の人は何か覚と会話しているようだ。
「いいか馬鹿野郎。テメーがモテないのは顔がどうとかじゃねぇ。自分でわかってんだろ。その内向的な性格なんとかしやがれ。そら、背後に居るパーリーピーポーに手伝って貰えや」
「え? で、でも」
「まーいっすよ。俺ら一人増えても問題ねーし?」
「そーそー。それはともかくさーサトちゃん。あたしぃ、こいつと付き合って超ーおっけー?」
「はぁ、あー。まぁ別にいいけどよー。将来設計とか両方全く考えてねーだろ。現状維持でいいんじゃね? リア充爆死しやがれ」
「あっはー。サトちゃんひどーい」
きゃははと笑いながら最初の質問者を両脇から抱えた男女のパーリーピーポーが去っていく。
うん、何が起こったかよくわからないが、最初の質問者、頑張れ!
「次、時間ねーんださっさと近づけ」
「えっと俺は……」
「あー、はいはい。彼女に告白ねー。その告白じゃ無理だろ。なー彼女?」
「どんな告白かはわからないけど、告白するのをサトちゃんに聞くのはどうなのかと」
「とかいいつつ期待してんじゃねーか。クソ野郎めもっとサプライズ的な告白考えやがれ。まだだめだ」
「マジか……自信あったのに」
「アホか、バンジージャンプで待たした彼女の目の前に現れ告白とか告白前に真上に引っ張られて声なんざ聞こえねーっつの」
「あんたそんなこと考えてたの……流石にちょっとそれはないかな」
「ぐはっ」
どうやら覚と呼ばれるバーコード禿げのおじさんはサトちゃんと呼ばれて皆に親しまれているようだ。
檻の中なので女性に対してセクハラして来る訳も無く、安全に近づける存在だからかかなり人気がある。
「えーっと、あの人が?」
「うん。まぁ予約は既に入ってるから行くよ」
「え? あの人数を全て無視ですか」
「どれだけ待たされると思ってんの、さっさとすまして周囲からのやっかみが出る前に脱出するわよ」
どうやら小影もこの人数に責められる視線を向けられるのは嫌らしい。
「ちーっすサトちゃん」
「おー? 小影ちゃんじゃねーか。どした?」
「予約入れたっしょ」
「ああ、そういやそうだった。おっさん、次あんたの番なんだがちっと待ってくれや。予約優先だ。くはは、そうイラつくなって。そら、小影ちゃんの後ろ姿でも舐めるように見つめておきな」
「サトちゃん、それセクハラ。まぁいいけど。ほら、フローシュさっさと来る」
「は、はい」
早くしろよ。みたいな視線を受けながら覚の前に向かう。
何処にでもいそうなビールっ腹のおじさんだ。近くには缶ビールが置かれていることから、時折飲んでいるんだろう。普通に4、50代の飲兵衛おじさんである。
「で、今回は何の用……ほーう、そういうことかい」
「ま、よろしくー」
「あいよ、そっちのフローシュちゃんが今回の生贄な」
「生贄!?」
意味が分からないフロシュエルに、覚は不敵に笑みを浮かべるのだった。