二十三日目7
拳が激突する。
フロシュエルもタキシムももはや相手への遠慮など一つもなかった。
ひたすらに相手の隙を探し、見つければ全力で殺しにかかる。
あるいはフェイントを交え隙を作りだし、そう見せかけて相手の隙を突く。
裏の裏の裏の裏を読み合う心理戦を格闘戦と同時に行う高度な闘いに、小影とロストはただただ口を開けて見守るだけだった。
小影は自分の頬を抓って見る。
「夢、じゃない。何アレ。ちょっと見ない間にフロシュエルの実力がおかしくなってるんですが」
「魔法は強いと分かっていたけど、まさか白兵戦も充分こなせるとは、いや、タキシム相手なら速攻ボコボコにされて白旗振ると思ったんだけど、こりゃマズいかも」
「マズいって、どうして?」
「実力がほぼ一緒なんだ。つまり手を抜けない。決着が付く時はどちらか一人が死ぬ時と見た方がいい」
「ちょ、それは……」
「僕も想定外だ。天使見習いの成長度合いを見誤った」
実力が高くなり過ぎたことによる弊害。
フロシュエルが強くなったことは単純に喜ぶべきことだ。けれど。だからこそ手が抜けなくなる。
昔の武術では、師匠が弟子を殺す事案があったこともあるらしい。
それは弟子が師匠を追い詰める実力に達したからこそ相手に対して致死の攻撃を行ってしまい、手加減ができなかったということが要因となる。
つまり、実力に差があれば手加減することで相手の命を守ることができるが、相手の実力が自分と同等かそれ以上となると手が抜けない。
例え試合のつもりでも互いに致死の一撃を叩きこんでしまうのだ。
そもそもタキシム自身はフロシュエルに遠慮することもないのだから殺す気で掛かってくる。
フロシュエルもそんな相手に手加減など出来る訳もないので相手を殺すつもりでやらなければ自分が殺される。
結果、手を抜くなど許されない状況に追い込まれていた。
拳と拳、蹴りと蹴り。何度も交差し避けられ受けられ受け避ける。
互いに相手の距離を測り、相手の意図を察し、相手のフェイントを回避する。
読み違えればたちまちに殺される、一瞬のミスも許されない闘いにフロシュエルの集中度は一気に成長し始めていた。
周りへの意識は消え去り、タキシムの動き全てに意識が向かう。
相手の意図を読み取り、最適解に辿りつこうと頭脳がフル回転を始める。
熱を持ちながらも冷徹に周囲を見定め冷酷に相手の致命を攻めていく。
「ホーリー、アローッ」
拳を回避したタキシムがフロシュエルに致命のクロスカウンターを行う寸前だった。
避けた筈の拳から光の矢が飛びだしタキシムに襲いかかる。
ゼロ距離接射の一撃に、タキシムは体勢を崩すことでギリギリ回避する。
「せやっ!」
体勢を崩したタキシムに足払い。
さらに体勢が崩れたタキシムにフロシュエルは渾身の連撃を叩き込む。
「ほーあたたたたたたたたたたたぁッ」
「やった!?」
「ロスト、それフラグッ」
「ほあたっ」
思わず完全の言葉が口から出てしまった。
フロシュエルの拳を無数に受けたタキシムが崩れ落ちる。
そこにすかさずトドメの一撃。
拳がタキシムの腹に叩き込まれ、そこから渾身の魔法発動。
「ホーリーアロースプレッドッ」
フロシュエルの拳からガトリングガンのようなホーリーアローの連撃が放たれる。
当然、目の前に居たタキシムに全弾命中し、面白いように跳ね踊る。
「七色拡拳!!」
「ダメ押しだと!?」
「おお、七色に光っとる」
強烈な一撃を喰らい、タキシムが吹き飛ぶ。
ロストの張った防壁に激突、した瞬間、フロシュエルは魔力を溜める。
「インフレーションホーリーアローッ!!」
「まだやるか!?」
結界に激突し倒れようとしたタキシムに最高の一撃が突撃した。
ビキリ、タキシムの背後で結界に亀裂が走る。
インフレーションホーリーアローがタキシムに叩きこまれ、背後の結界に激突。
タキシムの悲鳴と共にガラスが砕けるような音が響く。
「結界壊れた!?」
「ヤバい人払いが!」
慌てて結界を掛け直すロスト、慌てふためく小影。
しかしフロシュエルだけは真剣な顔でタキシムを睨む。
まだだ。まだ終わらない。
ゴクリ、喉を鳴らす。ここまでやっても倒せない。
自分にとっては現状最大の攻撃だ。これ以上になると深淵魔法しか無くなってしまう。
地面から立ち昇る砂煙が全てを覆い隠している。
砂煙が晴れて行く。
その先には、倒れ伏したタキシムの姿。
一瞬、息を吐く。
しかし、すぐに気を引き締める。
ぴくり、指先が動いた。タキシムの身体がゆらり起き上がる。
やっぱりあれでも死ななかったか。納得している自分が居た。
「ちょ、アレ喰らって生きてるって……」
「憎悪で生まれた存在だからな。しつこいんだよ」
どてっ腹に穴を開けながらも、タキシムは立ち上がる。
ダメージは負った様子すらなく拳を握る。
まだやるつもりのようだ。