二十三日目3
「ダメだ……今日は不調らしい」
手を見つめて哀しげに呟く完全。
回復魔法を掛けられたフロシュエルはよろめきながら立ち上がる。
断末魔作成拳の恐ろしさは身に沁みて理解出来た。
もう、二度と自分では喰らいたくない技である。
ただ、やり方は理解出来た。
それを告げると、ならば練習だ。
と、森の中に入って行く完全。
しばらくすると、哀れにも捕まったらしいコボルトが首根っこ掴まれて連れて来られた。
可哀想に二足歩行の犬はペタンを耳を萎れさせ、尻尾は丸まり全身小刻みに震えている。
濡れた瞳で助けてください。みたいな視線を送ってくるコボルトだが、その助けを求めた相手が自分に地獄を見せる存在だとは気付いても居ないようだ。
「よし、丁度良く雑魚魔物がいたからこいつで練習してみよう。まずは一突き、やってみろ」
「は、はいっ」
ぽすっと地面に置かれたコボルト、慌てて逃げようとするが、逃げれば死ぬぞ? と完全に脅されその場で小さく佇むだけになる。
罪悪感は少しあったが、相手は魔物なので遠慮はいらない。むしろ魔物に遠慮するようでは逆に堕天案件になりかねない。
「覚悟は決まりました。コボルトさん、痛くしませんから動かないでくださいね」
とりゃぁ!
気合いと共に一突き。
フロシュエルの抜き手がコボルトの腹を穿つ。
「そもさんっ!」
「そもさん?」
「あべしから始めよう。一番簡単な箇所だ」
「簡単なのに失敗しまくってませんでした?」
「今日は調子が悪いんだ。周辺にいろんな台詞のツボあるし」
むしろ変なツボが多過ぎる気がする。
試しに適当に突いてみると、
「イヤンッ、バカンッ、そこはウォンチだっちゅーのっ!」
「ちょっとふろーしゅ、なにしてんの?」
「いえ、ちょっと練習を。これはこれでちょっと楽しくなってきました」
「え? ちょ、フローシュ?」
「ほーあたたたたたたたたぁ」
「もげろボラーレピカチクビーもうすんごいのっだっふん連邦のモビルスー俺、今度結婚するんあっちょんブリーフえんがちょ蝶々テメーの顔も見秋田犬発見」
「なにがいいたいのかわからないことに……」
どさり、力尽きたコボルトが倒れ込む。
「まだまだ、あべしがでてません。ヒール!」
そしてフロシュエルに回復され、再び連撃を受けるコボルトの図。
魔物相手なためか練習だからか、フロシュエルに遠慮と言う文字が見当たらない。
哀れなコボルトはただただ謎の言葉を吐き散らして倒れるだけであった。
それからしばらく。
コボルトにとっては悪夢の時間は数時間にもおよび、回復と連撃を受け続けたコボルトは終わった後もただただ呆然と空を見上げるだけになってしまっていた。
精神崩壊を迎えたコボルトはすでに回復魔法では回復できず、流石のフロシュエルも完全も、この修行の悪辣さに気付いて中断することにしたのだ。
やり過ぎたことに気付いたものの、すでに遅く、犠牲者が出た後であった。
「うむ……やり過ぎたか」
「コボルトさんすみません、このスキルの極悪さは身に沁みて分かっていたのですが、行うとなると少し楽しんでしまいました」
「うむ。このコボルトは早めに楽にしてやるか」
「え? おいうちっ!?」
「ピクシニーさん、相手は魔物なのです、だから大丈夫! と仮定しておかないと堕天しそうなので許して下さい」
「あくまだよ、あんたたちはあくまだよぉっ」
しくしく泣き出したピクシニーの目の前で、完全によりトドメを刺されるコボルト。霊素へと変換され消え去るコボルト。ピクシニーは涙を流しながらその魂を取り込み喰らい尽くす。
吸魔である彼女にとって、倒された魔物は垂涎物の食糧だった。
「よし、気を取り直して次の修行だ」
「うぇ!? は、はい」
「うわー。なかったことにしたよこのふたり」
「いや、三人でしょう……」
フロシュエルの的確なツッコミはピクシニーに無視された。
軽い、といっても腕立て3000回やら腹筋5000回の基礎訓練を行い、ピクシニーによる魔術授業で筋肉を休める。
頭を使った後は再び基礎訓練と暗殺拳の練習。
フロシュエルの修行の日がこうして過ぎていく。
哀れなコボルトがこの日、ひっそりと一匹居なくなったが、森に潜む魔物達が気付くことは無かった。
そして修行が終わる。
疲れ果てたフロシュエルたちからはコボルトが居たという事実はきれいさっぱり消え去り、ただ森のどこかに、完全と遭遇した時に落とした槍が一つ、ポツンと残されているのだった。
それに気付いたゴブリンが小首を傾げ槍を拾いあげる。
「ギャギャ」
いいもん拾った。そんな感情を露わに、自分の巣へと戻って行くのだった。
ちなみに、定期的な魔物掃除でその巣は数日後に消え去るのだが、そのことをゴブリンが知ることは永遠になかった。