二十三日目1
「貴女が何か目標を見付けたのなら……」
目標、など考えたこともなかった。
「見付けたの、なら……大天使長を、目指しなさい」
そんな大それたこと、考えにも及ばなかった。
そもそも自分は落ちこぼれなのだ。
そんな存在が大天使に、否、その長である四人と同格の存在になるなどまさに奴隷が国王に成り上がるようなモノである。
雲の上過ぎて考えにすら及ばない成り上がり。
フロシュエルは言われて初めて、その現象を意識した。
正直自分がそんなこと、あり得るわけがない。そう思う。
同時に、ピクシニー、ブエルに魔法を教わり、龍華、完全に体術を教わり、ドクター城内やレウコからは毒舌。もとい会話の方法や周囲への根回しなどを教わった。
だからこそ、その力が他の天使たちとは別格になりつつあるのは自身も自覚出来ている。
自分が特別。と思う訳ではないが、今まで修行して来た全ての事が身に付いている自覚はある。
ならばこそ、小影が薦めた以上、そこには成れる可能性があると見ていいのだろう。
自分が、大天使長に成れる可能性がある。
そのことを自覚してしまったためだろうか、全身が震えた。
そして、本日、夢に見た。
ハニエルや他の大天使に命令を下してふんぞり返っている自分の姿を夢に見てしまったのだ。
起きてから覚えてしまっている夢に思わず青くなる。
額に手を当て自己嫌悪。
本日はあいにくの雨のようだ。
まだ雨自体は降っていないが黒い雲が空を覆い、ゴロゴロと音が鳴り響いている。
天気も気分も最悪である。
「はぁ……なんという夢を見ているのですか自分……」
まさかハニエルが自分に傅いてフロシュエル様とか言われる夢を見てしまうとは。
しかも同じ天使長なのにガブリエル、ラファエル、ミカエル、ウリエルの四人まで傅いていた。あんなの神にでも成らなければ起こり得ない夢である。
大天使長を目指すのは良いが、神になり変わるのは不敬である。
それこそ堕天の極み、確かサタンだかルシファーが同じような事をやったんだっけ。
そして神の逆鱗に触れて堕天させられたとか。
冗談ではない。神の使徒の頂を目指しているのに神の逆鱗に触れるとか本末転倒である。
「分不相応の物に手を出すべきではありませんね。でも……」
選択肢K:
→ ハニエル様の下働きで充分です
それでも私は……
まぁハニエル様には見出して頂いたという恩もありますし、踏み台になど出来る訳がありませんね。よし、天使長は目指さずにおきましょう。
ハニエル様に認められる強い天使に、皆に誇れる実力者になれればそれでいいです。
フロシュエルは自己納得してベッドから起き上がる。
受肉したせいで夢を見てしまったのか、あるいは自分の願望だったのか、それは誰にも分からない。ただ、目的が定まった御蔭か前よりもすっきりとした気分になれた。
洗面所へと向かい洗顔。その後はいつものようにダイニングルームに向かって食事を頂く。
ハニエルとブエルの姿はなかった。
小影曰く夜遅くに戻ってきて食事を取った後、すぐに野中邸へと向かってしまったらしい。
ハニエルも既に攻略する気になっていて、余程酷い歓迎を受けたようで野中邸ぶっ潰すと意気込んでいたらしい。
というか、ハニエルでも失敗する酷い屋敷らしい。
初見ではなかなか難しいよ。とは小影の言葉で、彼女も何度か引っ掛かってクリアしきったのだそうだ。
ただ、最後の呟き、ラスボス壊されないかなぁという不穏な言葉にだけはフロシュエルとて聞き流す訳にはいかなかった。
詳しく教えてはくれないだろうが、どうやらあの屋敷にはラスボスという存在がいるようだ。
「まぁ屋敷自体はそこまで広くないからもうすぐ攻略出来るでしょ。まだ一カ月有る訳だしゆっくりでいいんじゃない。まぁ、早めにクリア出来ればそれに越したことはないけれど」
「そうですね。でも一カ月、結構短いような長かったような。凄い濃密だったなぁ」
「まぁ手加減なしなら何度死んでたか分からない修行だったしねぇ」
龍華と完全の修行は特に命がヤバいことが何度もあった。
それでも彼らの修行を耐え抜き、彼らが驚く成長を遂げられたのだ。
「で、その顔、もしかして目標決まった?」
「あ、はい。目標と言うべきか分かりませんが。ハニエル様に見出された自分がどれ程強くなれたのか、そのことだけを天使長たちに見せつけたく思います。でも、天使長を目指したりはしません」
「あら、向上心は無いの?」
「向上心はあります。出来るなら天使長になりたいです。でも、それは自分で成るモノではなく皆様に認められたら、という所ですね。今の私が目指すのは、ハニエル様の側で立派だと言われる天使になりたいのです」
「そう。なら目指すのは大天使ね。ハニエルの隣に立ってフォローできる自分を目指しなさい」
「ハニエル様の、隣に立つ……それもそれで分不相応な気もしますね。でも……やってみます」
フロシュエルは明確になり始めた未来の自分を思い描き、ぐっと拳を握るのだった。