二十二日目9
洋館の前には、事前連絡を貰ったのか、それとも朝から立っているのか、野中さんが待っていた。
相変わらず洋館には入れないというプレイスタイルのようだ。
本当に入れないのだとしたらそんなつやつやした肌はしていないだろうし、もっと切羽詰まっていることだろう。
「おや、今日はお一人じゃないんですか?」
「はい。ブエルさんも洋館内を見たいそうで」
「我のことは気にするな主人。あくまで攻略するのはこの天使見習い。我はその見学だ」
「はぁ。まぁそういうことなら。どうぞ」
促されるままにフロシュエルは扉を開き、洋館へと足を踏み入れる。
暗い室内に踏み込むと、少し遅れてブエルが入る。
そして、独りでに閉まる扉。
「むぅ、あの男別ルートで洋館に入って行ったぞ」
「そりゃそうでしょう。この前の休日の時なんかあの人二階で寛いでましたからね」
「なるほど、つまりこの洋館は小影の作ったお前専用のイベント施設ということか」
「本当の幽霊屋敷ではないそうです。あんなの居ますけどね」
ライトの魔法でエントランスホールを照らすと、無数の青銅甲冑が動き出したところだった。
「ほぅ、リビング・アーマーか。いや、違うな。機械制御式オートマトンと言ったところか」
実は博識らしいブエルの御蔭で青銅甲冑の正体が分かった。
どうやら機械で遠隔操作しているらしい。
どうでもいいのでばさりと翼をはためかせて飛び上がる。
「さって、二階にさっさと行きましょう!」
「ふむ。ここは攻略済みという訳か」
「その通りです」
再び訪れた三つの扉。
真ん中は鍵が掛かったままだ。
「ここの鍵が掛かってるんですよね。だから側面の部屋調べて行かないとですね」
「ふむ。それで、前回はどうしたのだ?」
「左に行きました。通路の左側に三つほど部屋がありましてですね、そこを過ぎると奥にもう一部屋あるんです。入った部屋で卒倒してしまいましてその先は……」
「ふむ。ではその次の部屋から調べるがよいか」
「ですね」
という訳で、三つ連なっているドアの真ん中に入る。
子供部屋だろうか?
ファンシーな内装でベッドの側にはぬいぐるみが……山のように置いてある。
そしてベッドの上には少女大の巨大な人形。
ワインレッドのゴシックロリータファッションで俯いた状態で座っていた。
「こ、これはまた、なんとも……」
「ふむ。ぬいぐるみの中から腸見えたぬいぐるみが飛びだして来るか、あの少女型のモノが動き出すか……」
「ひぃぃ、変なこと言わないでくださいブエルさん。本当に動き出したらどうするんですか!?」
「まぁ我にはどうでもいいが、問われてるのは中央のドアを開く鍵だな。現状で行ける部屋にある筈だ」
「となると、この部屋を捜索しないといけないわけですか……」
じぃっと見回し、一番問題なさそうな机から捜索。
鏡台を避けたのは前回のトラウマではない筈だ。
「流石にありませんねぇ」
「そんなにすぐに見つかれば試験にもならんだろう」
そうですね。と答え、机から視線を動かした時だった。
「……あ、あれぇ……」
「どうした?」
「気のせいですかね、ベッドに座ってる人形さん、少し横にずれてません?」
「……さて、我からは何とも言えんな」
「いえ、動いてる、動いてますよね。しかもちょっと顔が上がり始めてないですか。俯き状態からちょっと顔あげましたみたいな状態になってますよね!?」
一瞬で恐怖が湧きあがる。
やっぱりあの人形がこの部屋の危険物だ。
「それよりさっさと探して部屋を出たらどうだ?」
「はっ! その通りです。急ぎましょう」
といってもブエルが手伝う訳もなく、ただただフロシュエルの動きを見ているだけだった。
彼もフロシュエルの修行のために、見学こそすれフォローする気は無いらしい。
それでも、ブエルがいるだけで心の余裕が出来ているのは否めない。
きっとフロシュエルだけだったら今のだけでパニックになっていて再び外の湖を漂っていただろう。
「鏡台も、何も無いですね」
「そのようだな」
鏡の後に何かが映ることも無く、無事に捜索を終えて振り返る。
また、ベッドの少女が移動していた。
「……し、指摘はしませんよ?」
告げるフロシュエル。
その目の前で、ゆっくりと少女の顔が上がって行く。
あ、これ、マズいパターンだ。気付いたフロシュエルだったが動くことなど出来なかった。
震える足で必死に逃げようとするが、動くことすらできない。
少女と眼が合う。
視線が定まっていない少女はフロシュエルと眼があった瞬間、壊れたように嗤いだす。
「ウケケケケケケケケケケケ」
そしてその首が一瞬で落下する。
「ぎゃ―――――――――――!?」
一気に意識が暗転、しかけるがブエルが視界に霞めたことでぎりぎりで押し留まる。
気絶を回避したフロシュエルは咄嗟にブエルの背後に隠れた。
「ひぃぃ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏っ」
「くっくっく。残念だったな小娘。その程度では天使見習いを気絶させることはできんようだぞ」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……ほぇ?」
「ちぇー。自信あったのにー」
首が取れたように見えた少女だが、何のことは無い、服のファスナーを降ろして首を降ろしただけだったようだ。
悪戯が成功したような笑みを向け、少女が朗らかに笑うのだった。