二十二日目8
「きゅぅぅ……」
巨大な三つ首の犬が地面に倒れ伏す。
眼がぐるぐる回っていることから見て気絶しているようだ。
「はぁ……はぁ……」
少々卑怯臭いがなんとか倒せた。
補助魔法、あってよかった。
ピクシニーとブエルに思わず感謝する。
「やりおるではないか。少々ズルのような気もするが、攻撃魔法は使わず倒せたな」
「いやー。流石に苦労しました。ケルベロス相手とか、冗談でも天使見習いが闘う相手じゃないですよね?」
「だが、お互い本気でないとはいえ倒せたではないか」
本気ではない。
その言葉でえぅ? と今更ながらに気付く。
確かに、ケルベロスが本気に殺しに来てたら今のようには行かなかった。
最初の一撃を喰らった時点で自分は噛み殺されていただろう。
だが、獣との闘いというのを経験した今、再戦しても初撃を喰らうことは無い。
たった一度の闘いだったが、まさに実のある戦闘だった。
魔法を使わない状態での自分も知ることができたし、龍華や完全と闘うのとはまた違った経験を得られたのだ。
「ふぅ、疲れました」
最後に回復魔法でけん太を回復する。
その魔法で気付いたらしく、首を振りながら起き上がったけん太はふらふらと犬小屋へと向かうと、中に確保していた靴を咥えて持って来る。
「がぅ」
「これは……」
「返して貰えたようだな。よかったじゃないか」
「よ、よかった。本当に。天界から来る時に貰った靴、帰って来たぁ……」
ふえぇと涙ぐむフロシュエル。
両手で片方だけの靴を抱えて座り込み、涙目で頬ずりする。
少し犬臭い匂いがした。
「さて。これでようやく残すは一つ、か」
「小出の所がまだ残っているから二つだな」
「いや、ブエルよ、今日回るところだぞ?」
「ああ、それは一つだな」
フロシュエルが感動にむせび泣き始めたのでレウコとブエルは時間をもてあまし世間話を始めた。
けん太が戻って来る。
一度犬小屋に消えた後は、どうやら元の犬状態になったようだ。
フロシュエルの前にやってくると、頬を舐めはじめた。どうやら認めてくれたようだ。
「な、なんか、凄い、舐められ……あぶぶぶぶぶ」
顔面涎だらけになったフロシュエルに満足したようでけん太が犬小屋へと引っ込んでいく。
友情表現だったのか宿敵への嫌がらせなのかは分からないフロシュエルだったが、以後はけん太と激突する必要はないと分かると嬉しさが込み上げる。
ただ、顔からは異臭が漂いだしていたが。
「お、行くのか」
「はい」
両手一杯の靴を抱え、フロシュエルが立ち上がる。
前はよじ登っていた壁も、駆け上がるように足だけで昇り切り、遅れてブエルが転がりながらやってくる。
「あれ、首領さんは?」
「ん、ああ、その壁越えるのは面倒だからな。ここで帰るよ」
「あ。そうなんですか? では、今日はありがとうございました」
「うむ。また何かあれば呼べ。一応知り合いだ。格安で手伝ってやるぞ」
「あ、お金は取るんですね?」
一瞬嬉しさが消え、素の表情になった。
流石に無償で手伝ってはくれないらしい。
「何を言う、金など不要。私が貰うのは……ふふ、まぁその時にな」
ニヤリ。黒い笑みを浮かべたレウコが去って行く。
ヤバい、絶対頼めない。
あの人に頼ってしまったら何か大切なモノを失って行く気がする。
「うむ。黒い女だ。アレは、魔界でもいい女になれるな」
「要するにそれだけ邪悪思考なんですよね。私、あの人と付き合い持って良かったのでしょうか?」
「まぁ、堕天はせんようにな」
あえて付き合いを持って良かったかどうかについては返答を避けたブエル。
無言のまま壁から降りて洋館へと向かう。
フロシュエルはしばしレウコの去った道を見ていたが、すぐにブエルを追って後を駆けだした。
「この洋館は幽霊屋敷だったか」
「はい。まぁ幽霊というか偽幽霊屋敷というか。イマイチどういう場所かわからないんですよね。あ、でも床が抜けたりしますから気を付けてください」
「気にするな。我は浮遊できるからな」
「え? 嘘でしょ!?」
まさかの言葉にフロシュエルは驚く。
が、それを証明するようにブエルがその場に浮き上がった。
「浮遊魔法は魔王の基本だからな。できなかったのはアンドロマリウスくらいではないか。ああ、鳥系の魔王は飛べるから覚えてない奴もいたな」
「魔王超チート……」
「いや、お前の方がチートだと思うがな。まぁいい。さっさと下見に行くぞ」
攻略、ではなく下見。つまり今回ではフロシュエルがこの洋館を攻略できないと分かっているかのようであった。
少しムッとしたフロシュエルだが、事実は事実。下手に慢心してもいい事は無いので、自分も下見前提で洋館に入ることにした。