二十二日目7
「あっち!?」
障壁を越えてやってきた熱波に慌てて下がる。
三つ首の魔獣はさらに迫り、フロシュエルへと襲いかかった。
ギリギリで彼の腕を掴み取り、避けながら投げ飛ばす。
相手の勢いを使った投げなので自分の力が要らないのが嬉しい。
相手だけ疲れさせることのできるこの攻撃は、確かに対人戦であれば有効だった。
完全に掛けられ続けた技ではあるが、使い勝手がいいのは確かだ。
フロシュエルとしても主武装の一つに加えてもいいかなと思いだしていた。
だが、その使い勝手のいい投げ技であっても、けん太には全く効果になっていない。
くるりと身を翻したケルベロスが強靭な脚で地を蹴り即座の反撃。
開かれた三つの顎がフロシュエルに襲いかかる。
さらに喉の奥から炎が見えた。
「やり過ぎっ!?」
ぎりぎりで前に倒れるフロシュエル。その後髪が炎に焼かれる。
「きゃあぁ!? 焦げた!? 今、髪燃えてました!?」
慌てて水魔法で火を消すフロシュエル。
じゅぅっと音を立てた髪が煙を燻らす。
「ガルルッ」
「くぅ、こうなったら本気でぶっ潰しに掛かりますっ」
「あ、こら魔法使うな!」
「あ、忘れてま……ひゃぁ!?」
咄嗟に魔法を使おうとしてレウコに指摘される。
慌てて魔法をキャンセルした瞬間を狙い、けん太が更なる一撃。
不意を付かれた訳ではなかったが、避けるのがぎりぎりになり体勢を崩される。
必死にごろごろと転がって難を逃れる。
立ち上がろうとするとけん太が走り込んで来たので後ろに転がって起き上がると見せ掛けて両手をばねに飛び上がる。
足から着地すると、丁度フロシュエルの顔があった場所にけん太の踏み降ろしが来たところだった。
後ろに転がって立ち上がって居ればほぼ確実に踏みつけられていただろう。
安堵の息を吐きそうになるが、まだ危機を脱した訳ではない。
今回、魔法が使えないことで分かったことがある。
今まで殆ど魔法に頼り切っていたため体力はともかく肉体技術が全く出来ていないのだ。
生身でケルベロスを相手取るにはまだまだフロシュエルには荷が重い。
けれど、魔法を使えれば?
既にその魔法は習っている。
レウコは魔法使用に関して、ホーリーアローを放とうとすると声を出すが、バリア系統については既に放置の方向で口出しはしないつもりのようだ。
ならば、体外放出型でなければ魔法を使うことも可能なのかもしれない。否、可能だと仮定しよう。
だから使うのは魔力を身体に巡らせるだけ。
そう、身体強化魔法。
まずはマインドアッパーで魔法威力の底上げ。
マイトアッパーで物理威力を底上げ。
スピードアッパーで脚力を底上げ。
さらに魔力視で動体視力を底上げ。
刹那、迫り来ていたケルベロスの動きがゆったりとした動きになる。
これならなんとか。
迫るケルベロスの懐へと潜り込み、腹へと頭突きの一撃。
「ギャンッ!?」
「加速した!?」
「魔法で身体能力を底上げしたな」
「あの天使見習い、そんな能力まで……ええいこれはこれで魔法ではないか」
「ふふ、だが魔力を見れない相手からすれば魔法が外に出て来ないからな、分からんだろう」
「それはそうだが……むぅ」
レウコが納得いかない顔をしているが、これぐらいでないと今のけん太相手に闘うなど無理なのだ。
ここまで魔法を重ね掛けしてもぎりぎり対処できるかどうかなのだ。
現に迫るけん太の一撃を受けた手は痺れてしまっていて動きが鈍い。
生身で受ければ確実に骨が折れている一撃だ。
受肉したこの身体では魔物を相手にするのは魔力強化しておく以外では難しいと言わざるをえない。
おそらく龍華か完全位しかこの一撃を生身で受けて無事な存在は居ないだろう。
そもそもその二人が受け止めることを良しとするかどうかは疑問だが。
頭突きを一番柔らかい場所に受けたけん太。
しばし地面に倒れてもがいていたが、フロシュエルが何もしないでいるのに気付いてゆっくりと立ち上がった。
「最初に先手を取られた時、待ってくださいましたからね。これでおアイコです」
言ったな小娘。とばかりに唸りを上げるけん太。
後ろ足をがっしがっしと蹴りつけ、勢いを溜める。
強烈な突進が来る。
構えたフロシュエルに、今までの比では無い突撃が来た。
強烈な体当たりを、フロシュエルは真正面から受け止める。
あまりの衝撃で、両足が地面を擦る。
「ぬぐぐ、流石にキツい」
「あの馬鹿真正面から受け止めたな」
「何やら考えがあるようだが……」
頭を下げての完全な突撃だったからこそ、頭を押さえることでなんとか押し留める。
全身が悲鳴を上げたが、踏みとどまれた。
魔力で底上げされた腕力でケルベロスの身体を持ち上げる。
「とぉ、りゃぁ!!」
ぐるんっと相手の身体を回転させる。
投げ飛ばされると思っていたけん太は想定外の一撃に驚き、背中から地面に叩きつけられたのだった。