二十二日目5
「ほぅ、首尾良く行ったか」
田辺コーポレーションからホクホク顔で出てきたフロシュエルに女性の声が掛かる。
あっと気付いたフロシュエルは慌ててそいつに頭を下げた。
「お手伝いいただきありがとうございました、レウコさん」
「ふっ。突然連絡が来たから何かと思ったが、どうやら上手く行ったようだな」
何のことは無い。田辺さんの会社に先回りするために、情報を買い取ったのだ。
500円を手に入れるために1000円以上の出費になった。
それでも、フロシュエルは田辺さんから500円回収という絶望的な試練を乗り越えたのである。
田辺に逃げられ焦ったフロシュエルだが、まだ挽回可能だとブエルに言われたことで冷静さを取り戻した。
そして考えたのだ。行方が分からなくなった相手を闇雲に探しても意味は無い。ならばどうすればいいか。
情報を集める。それが一番。だが、ただ情報を集めるよりも、既に情報を持っている場所から提供して貰った方が手っ取り早い。
そこで選ばれたのが、ドクター城内だった。
彼に電話して理由を話したところ、1000円出すのなら情報提供者を寄こすと言われ、即答で了承した。
出費など問題ではない。今回必要なのは田辺さんから500円を返して貰ったという結果なのだ。金額の問題ではないのである。
そうしてやってきたのが、レウコであった。
彼女はやってくると同時に付いて来いと告げ、フロシュエルを案内してこの田辺コーポレーションへとやってきたのである。
手続きを教わったフロシュエルは、教えられた通りにアポイントメントを取って社長室へと案内される。
あとは椅子に腰かけ田辺さんがやってくるまで待っていたのであった。
まさかここまでうまく行くとは思わなかった。
「でも、良く知ってましたね、ここ」
「私が立ち上げている会社は情報を扱う場所だからな。いいかフローシュよ、闘いはいわば情報戦だ。相手が何を考えどんな能力を持ち、何のためにどう動いて来るか。情報さえ掴んでいれば回避も罠に嵌めるのも実力で排除するのも容易になる。まずは自分が出来る事を知り相手が出来る術を識れ。そして場の情報を味方に付け相手を徹底的に潰してやれ」
「い、いやー、その、そこまでは……」
レウコは苦手だ。
舌戦を繰り広げるからという理由があるかもしれないが、存在自体があまり付き合いたく部類の存在なのだ。
そもそもが彼女の属性は魔王寄りなのだ。天使としては仲良くなるより討伐すべき存在に類する人間だろう。
あまり付き合い過ぎると堕天しかねない。だからフロシュエルは本能的に彼女に苦手意識を抱いているようだった。
レウコ自身、そのことには気付いているようで、むしろ楽しそうに弄ってくる。
「力こそ正義という言葉もあるが、私としては情報こそ正義だな。相手の秘密を完全に握り絶望の縁に落とした後で優しく声を掛けて自分に忠誠を誓わせる。絶望から感動に代わる人間の顔というのはなかなか見物だぞ」
「うわーぉ。この人ヤバい人です」
「魔王ですら引きそうな話だな。貴殿は本当に人間か?」
「人間だよ。一人寂しく死ぬ者の居ない理想的な世界を作ろうと躍起になっているただの人間さ。だが、そのただの人間が恐ろしい。天使も悪魔もその辺りを良く理解すべきだろう。相手に良心の呵責を求めてばかりでは遠からず殺されると知っておけ」
恐いなこの人。そう思いながらも話はためになる気がしたので覚えておこうとメモを取るフロシュエル。
いつの間にかブエルが来ていたが、そんな事にすら気を止める余裕は無かった。
「よし、ではでは次はけん太君とのバトルです!」
「なんぞ暇だし付いて行くか」
「むぅ、貴様も来るのか芋虫娘」
「なんだ悪いか足だけ魔王」
なぜか険悪な目でバチバチと威圧を始める魔王と首領。
「なんで二人ともそんななんですか……」
溜息を吐きながらけん太の元へとやってくる。
けん太は眠っていたが、気配を感じたのだろう、ゆっくりと起き上がる。
前回からだいぶ時間が立っていたから恐れを成したのかと思ったぞ。なんて感じに上から目線のけん太に、フロシュエルはニタリと好戦的な笑みを浮かべる。
「今日こそは、奪われた靴を返して頂きます!」
「ワンッ」
無理に決まっているだろう駄目天使。
くっくと笑うけん太。完全に勝利者の眼で余裕を持った見降ろしである。
だが、フロシュエルの後ろに視線を向けた瞬間、尻尾を丸めた。
まさかの魔王様ご来臨である。
地獄の番犬といえども魔王相手では少々青くもなろうというもの、しかもフロシュエルとレウコを合わせれば三対一である。
流石にこのメンバー相手に闘う気力等けん太にはなかった。
「あ。安心してください。闘うのは私だけです。ブエルさんとレウコさんは見学です」
それを先に言え。
とばかりに先制攻撃。無防備だったフロシュエルは突然の奇襲にほぐぅっと叫んで吹っ飛んだ。