二日目3
気分を落ち着かせたフロシュエルは、三件目の井手口さんの家を前に佇んでいた。
一昨日は普通の家だったはずだが、なぜだろう? 今日見る家は禍々しいオーラが立ち昇って見える。まるでどこかの魔王城のようだ。
この家に挑戦する気にはまだなれなかった。
あの大きなおばさんが現れれば、謎の攻撃で吹き飛ばされる。
その恐怖は昨日の一撃だけでフロシュエルにトラウマ的な衝撃を与えていたのだ。
怖々呼び鈴を鳴らすが、やはり恐怖に負けて家の脇にあった植木の陰に隠れて待つ。
果たして出て来たのは……
「はいはいどちらさ……あらぁ?」
あのおばさんだった。
おばさんは不思議そうに周囲を見回し、結局誰も見つけられず首を捻りながら戻っていった。
玄関前にいなくてよかったと、フロシュエルは思わず息を吐く。
体中が脈打っているような気分だった。
「つ、次に行きましょう」
100点満点中80点で合格、一件20点。
ならばこそ、ここは攻略する必要はない。
そう、一つだけは攻略の必要がないのだ。
うん、そうだ。ここは放置、二度と近づくまい。それがいい。そうしよう。
そう結論付けると、田辺さんの待つ公園へと向かった。
ここを離れる。と思った瞬間から恐怖は薄れ、肩の荷が下りたような開放感が生まれた。
なんとなくがだ嬉しくなってくるのが不思議だ。
公園に辿りつくと、田辺さんは昨日と同じベンチに座っていた。
近づいて来たハトに餌を投げている。
ポッポ。クルッポと忙しなく動くハトが何とも言えない。
現世に居る動物などは常識を教えてもらうついでに教わりはしたが、実物を見たフロシュエルとしてはあの円らな瞳と妖しく動く首が恐怖を誘っていた。
出来るだけ近づかないようにハトから遠ざかりながら田辺さんのもとへ向う。
近くに来ると、ようやく田辺さんも顔を上げた。
柔和な笑みを浮かべて軽い挨拶。
「おやおや、今日も来たんですか?」
「あ、はい。それで……」
「さすがに一日でお金はできないんですよ、代わりと言ってはなんですが」
と、アンパンを渡してくる。
「今日はそれでも食べて、次の回収頑張ってください」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
お礼を述べたフロシュエルに頷いた田辺さんは、おもむろに立ち上がると、近くの自販機へと向かう。
地べたにしゃがみ込み、自販機の下に顔を持っていく。
そのまま隙間に手を入れて、何かを取りだした。
「とりあえず今日はこれで許してくださいね」
アンパンを食べ始めたフロシュエルに、田辺さんは拾ったと思われる十円玉を渡してきた。
「でも、これ、落ちてた……」
「五百円までなら拾っても警察に届ける必要はありませんよ。それに私から返された十円です。違法性はありません」
本当かどうか迷ったものの、人の良さそうな顔をしている田辺さんを見ていると、彼が悪い事をするようにも思えず、フロシュエルは仕方なく受け取ることにした。
これで残り490円だ。
何か納得のいかないモノを感じて首を捻りつつ、笑顔の田辺さんい送り出されるようにフロシュエルは清水家へとむかうのだった。
清水さんの家の庭で、フロシュエルは絶句していた。
ドーベルマンの健太は鎖に繋がれ、やってきたフロシュエルを威嚇する。
その背後。健太君の家前に、フローシュの靴が置かれていた。
「こ、これは、どうすればいいのでしょうか……」
勝ち誇ったような視線で睨んでくる犬に、フロシュエルは半ば絶望にも似た思いに駆られる。
「ま、まだ日はあります。明日、明日こそはあなたから靴を取り返すんですからっ」
まさに負け犬の遠吠え。
指を突き立て健太に向けて、フロシュエルは尊大な宣言をしてしまう。
言ってから絶対無理だけどっ。と思いはしたが、
ワオンッ
「ひぃっ!?」
フロシュエルの啖呵に上等だとでも言うように健太が吼える。
すると、まるで今日はさっさと通るがいいと言うように自らの家に戻る健太。
フロシュエルの靴を守るように座り込んでしまった。
「な、なるほど、あなたも明日、決戦をするということなのですね……」
一人納得したフロシュエルは、彼の射程範囲に入らないよう迂回しながら清水さん家を後にした。
明日決戦……いや、無理です。どうしよう。小影さん、ここ、通らず洋館に行っちゃダメですか?
早くも決心が揺らぐフロシュエルは壁をよじ登る。
じぃっと見つめる健太に何度か振り返りながら、明日、決戦を回避するにはどうしたらいいかと思案に暮れるのだった。
そして、着地と同時に丘の上に立つ洋館を見付け、思わず魅入る。
なんだか綺麗。
そんな感想と共に、さっきまで考えていたこと全てを忘れるフロシュエルだった。