二十一日目9
「うぬぅ、まさか油断したとはいえロスト様の魔法を吸収して跳ね返すか。しかも直撃だったぞ今のは」
一人、蚊帳の外のブエルが観戦しながら呟く。
「ぐはっ、なんだ今の!?」
ダメージを負ったのか負っていないのか、胸に空いた穴を即座に塞ぎロストは被りを振る。
「う、うわー、魔統王に直撃させてしまった……ちょっと調子に乗ってしまいそうです」
「くくく、ならばその自信、徹底的に叩いてあげよう」
ピキリと青筋浮かべたロスト。どうやら遊びのつもりが今の一撃で本気になったようだ。
あ、これヤバい。思ったフロシュエルだったが少々遅かった。
「では、こういうのはどうだろう?」
ロストから闇の霧が噴き出す。
周囲に拡散していく霧に、何かマズいと本能が告げる。
「天使見習い、全周拡散囲攻撃だ! 吸い込めば敗北は必至だぞ!」
「どうしろと!?」
焦りながらも考える。
焦るな、大丈夫、落ち付け、自分の思考をフル回転させろ。
相手の攻撃は闇属性だ。
全周囲攻撃で矢を打ったところで意味は無い。
ではホーリーアロースプレッドに魔力吸収能力を付ければ?
今は多くの集中が必要だ。そう易々使えない。
リフレクトシールドは? プリズムリフレクションでも隙間から浸食される。
防御に回ったら負けるのは確定だ。
ならば補助魔法? 身体強化してどうする。
状態異常の回復? いつまでかもわからないのに常時回復作業してたらそこで詰む。
では攻撃? 攻撃は良いがどういう……
いや、待て、全周囲攻撃? 闇属性。
ああ、そうだ。一つ可能性のあるスキルを覚えている。否、編み出していた筈だ。
「昇天王国」
全身から神聖な力を全力放出。
「なっ!? マズい!?」
これに慌てたのはロストではなくブエル。慌てて自身の周囲に障壁を張り巡らせ防御に回る。
光が闇とせめぎ合う。
「お、おいおい、僕の能力に匹敵してるのか!?」
ここでようやくロストも気付いた。
ブエルが無事なのを確認し、力を込める。
負けじとフロシュエルも体内に存在する魔力をフル稼働させる。
細い魔力回路にドバドバと魔力を流し、放出した先から聖属性に変化させる。
近くにあった墓場から悲鳴のようなモノが無数に響く。
成仏していく幽霊たちにブエルがあーあ。みたいな顔で呆けた顔をしていた。
「嘘だろ、押し負け……」
「あれ……?」
ロストの身体に昇天王国が触れる寸前だった。
初めての感覚がフロシュエルを襲う。
急に昇天王国が消失し、ロストの黒霧が拡散する。
全力で押し返していたロストが慌てて魔力を消失させる中、飛行能力ばかりか意識を失ったフロシュエルが空中から落下した。
「むぅ、いかんな」
ブエルが即座に動き高速移動。
落下して来たフロシュエルを足で受け止める。
「いやー。参った。まさか僕が押し込まれるとは思わなかった。で? 最後のって……」
「魔力切れですな。今まで一度もやったことは無かったのでしょう。魔力が切れる寸前で止まることなく全て使いきったようで、気絶したようです」
「魔力欠乏状態か。人間なら死んでもおかしくないねぇ」
「魔物でも下級であれば消滅しております。全く世話の焼ける」
ふぅっと溜息吐きながらもどこか慈愛に満ちた表情をするブエル。
気付いたロストはふぅんと面白いモノを見付けたと言った顔になる。
「天使に懸想かい魔王君」
「御冗談を。私はむしろ吸魔妖精の方が好みですな。こやつは放っておけんだけです」
「まぁ、こんなピーキー仕様の天使だとねぇ」
思わずフロシュエルの頬を突くロスト。ぷにぷにと弄びながらふーむと唸る。
正直な話、フロシュエルの成長はかなり早い。
魔力量も大天使に匹敵しているし、スキルも充実し始めている。
おそらく初見であれば魔王相手でも倒し切るかもしれない実力だ。
もちろん、相手の実力を知った上でフロシュエルの実力を知られていないことが前提だが。
流石に序列十位位までの魔王には敵わないだろうが、それ以下であればやりようによってはフロシュエルが勝利するだろう。
しかもまだまだ成長段階。ハニエルも随分と凄い天使を見出したものである。
ただ、このような原石がハニエルが見付けなければ不要天使として消滅させられていたのだと思うと天界は随分と人員の無駄遣いをしているのだと気付かされる。
他の天使見習いたちもやりようによってはこの実力に届くのではないか? もしもそうなったら今の魔王たちだけで魔界を支えきれるのだろうか?
ロストはふとありえない未来を考え苦笑する。
「まぁ、今の天使長が代替わりでもしない限りはないか」
仮定の話を投げ捨てて、ロストはブエル達を家へと帰すのだった。