二十一日目3
「月地下剋上ッ」
必殺の一撃を放ったつもりだった。
これでついに完全に勝利できる。
別に慢心した訳ではなかった。むしろここから敗北する理由など見つからない筈だったのだ。
完全に迫る無数の光の矢が腰だめに構えた完全の両手に向けて集まって行く。
まるでそこに吸い寄せられるように、全ての攻撃が集束する。
ホーリーアローオルレンジ。その全ての矢が収納される。
ありえない光景にフロシュエルは驚愕するしか出来なかった。
完全の両手が前へと出され、集められた一撃がフロシュエル向けて放たれる。
一点集束された光の矢束がフロシュエル向けて跳ね返ってきた。
唖然としていたフロシュエルは、はっと我に返って慌てて回避する。
一点に集束していた御蔭でぎりぎり回避が間に合ったものの、翼がブチ抜かれフロシュエルの身体が落下を開始する。
「わひゃーっ。……へぶっ」
受け身も取れずに地面に激突する。
ここが土で良かった。アスファルトであればもっと酷いことになっていたところである。
赤くなった鼻をこすりつつ回復魔法でダメージを回復。
完全は残心しているようでその場から動いていなかったので、警戒しながら立ち上がり、体勢を整え直す。
まさか遠距離攻撃が跳ね返されるとは思わなかった。
今の連撃ならば確実に倒せたと思っていただけにこの結果は少々想定外だ。しかし、まだ負けたわけではない。
「ふぅ、今のは焦ったわ。やるようになったわねフローシュ」
「こっちとしては必殺の一撃だったんですけどね。初見早々破られるとは……ええい、無くしませんよ自信。まだまだ行きます!」
「その意気だ」
そんな二人の激闘を見ていたブエルは、隣のピクシニーに視線を向ける。
「ピクシニーよ、あれ、回避できるか?」
「きゅうまとはいえようせいにむちゃいわないで」
「我も今のは死を覚悟出来たぞ……両方な」
フロシュエルの連続攻撃を自分が食らったと思うとブエルといえども流石に肝が冷えるが、完全の反撃は予想を越えた一撃だった。
自分の必殺が集束して跳ね返されるのだ。下手な魔王であれ、あんな反撃を喰らったら避け切れる自信は無い。しかも相手がこれで死ぬと確信したところに反撃の月地下剋上である。
おそらく初見であれば大魔王といえども餌食になるだろう。
それで死ぬかどうかは相手の力量次第だが、初見殺しとしてはあまりに酷い反撃技である。
フロシュエルの修行で師匠である完全の方が新技を開発してしまうとは……思わず呆れるブエルであった。
「行きます。ホーリーアロー!」
「次は何をしてくるのか、なんだかわくわくして来たわ」
「うわぁ、なんか完全さんがうきうきしてるように見えるのですがっ」
俄然やる気になった完全に辟易した顔をするフロシュエル。
当然だ。完全がやる気になるということは自分が追い詰められやすくなるのだからできれば御免被りたいところである。
「こちらからも、行くわっ」
「げぇ、今度は接近戦ですか!?」
一足飛びに近づいて来た完全に、慌ててエアロフレームを発動させるフロシュエル。
「せぇっ!」
「しぎゃーっ!? 一撃でエアロフレーム貫通した!?」
フロシュエルの逃げ遅れた髪が破裂する。
ぎりぎりで手刀を避けたフロシュエルだったが、続く連撃を受けきれないと慌ててバックステップ。
しかし完全はその足を踏みしめバックステップを封じる。
「ちょ、まっ」
「戦場で待ちはない。おー、あたたたたたたたたたァっ」
「……う、わぁー」
「あれ、死ぬんじゃないか?」
動けなくなたったフロシュエルに渾身の連撃が咆哮と共に襲いかかる。
ぶっ、とか。ばっ、とかフロシュエルの口から謎の悲鳴が時折漏れる。それよりも完全の拳がフロシュエルに叩き込まれる数の方が多かった。
「ほあたぁっ!!」
トドメのアッパーカットでフロシュエルが宙を舞った。
きらきらきらぁっと謎の液体が飛沫となって虹を作る。
どさり、受け身すら取れなかったフロシュエルがボロ雑巾のように地面に転がった。
「あーあぁ」
「完全にノックアウトだな」
「ふぅ、ついつい気合いが入ってしまったわ。でも安心なさい、全部峰打ちよ」
「……拳に峰はないですぅ」
涙を流しながら告げるフロシュエル。すでに心が折れたようだ。立ち上がることすら出来ないでいる。
「あーあ。かわいそうに」
「これ、一応修行のはずだぞピクシニー。だが、気持ちは分かる」
立ち上がる気配の無いフロシュエルに気付いた完全さん。やり過ぎたか? と今更後悔しているようだが、既に後の祭りである。
ブエルは少々早いが昼休憩を行って魔術授業に移るべきかと思案し始めるのだった。ついでに念話でニスロクに出前を頼んでおくのであった。