二十日目9
フロシュエルは戦慄していた。
目の前には美味しそうな肉じゃががある。
普通に肉じゃがだ。
牛乳やすりおろしりんご、謎の秘薬による状態変化の痕跡が全く見当たらない。
普通に茶色系色の肉じゃがである。
そういえば白滝やこんにゃくは入れてなかったはずなのに、なぜ入っているのだろうか?
匂いも芳醇。肉じゃがにしか見えない。
しかし、だからこそ恐ろしい。
工程を知っているだけになぜ見栄えが普通に見えるのか意味がわからな過ぎて魔族の料理を食べる気にならないフロシュエルだった。
しかしながら今日の夕食はニスロクが腕を振るった魔界料理を現代食材で作ったモノであるため、食べない訳にはいかない。
そもそも魔王であるブエルと何も知らないハニエルは気にせず食事を前においしそーっとか言ってるし、帰って来た小影も魔族でも肉じゃが普通に作れんのねー。と感心しているだけで真相など知りもしない。
あの秘薬はなんなのか。天使が食べて良いものなのか。
食事だけ食べて帰ることにしたピクシニーが小影の母の横で小さなお椀に入れられた肉じゃがを先に食べ始めている。
ディグうまーとか言っているため、おそらく魔力か邪気が豊富なのだろう。
「頂きます」
ハニエルが早速箸を伸ばす。
思わず「あっ」と手を伸ばしかけたフロシュエル。
しかし、彼女の思い空しくハニエルは肉じゃがを食べてしまう。
あの魔界の秘薬入りと言われる肉じゃがもどきをだ。
「随分普通の肉じゃがと味が違うわね」
やっぱり味違うんだ!?
「分かりますか」
「これ、魔界の調味料かしら? 素材は何?」
「妖精ですな。乾燥させたピクシーを粉にしてマウレーンと合わせたモノです。コクがでるのですよ」
「確かに深みある肉じゃがね。天使でも普通に食べれるわ」
「さすがはサタンの料理人だな。我も欲しいぞ。どうだニスロク。我が料理人に移籍せんか?」
「はっはっは。魔王陛下よりそこまでの賛辞をいただけるとは光栄の極みですな。なれども私はサタン様の料理人でありますゆえ。交渉はサタン様に」
「成る程、一考の余地ありだな」
ブエルには直撃で美味かったようだ。そんなブエルは食事をしながらじぃっとピクシニーを見つめている。
小さい体で自分の半分くらいあるジャガイモの塊に齧り付いている。
そんな姿を見てほっこりしているようだ。
「んー。私からするとそこまで美味しいって肉じゃがじゃないかなぁ。ふつう? みたいな? 言っちゃ悪いかもだけど」
「ふむ。人間からすれば普通の肉じゃがですか」
「ディグ要素が上がってるだけで人間には味の違いは分からないんじゃないかしら?」
ハニエルの言葉にああ、なるほど。とニスロクが納得する。
なんだか自分が味音痴と言われたような気がした小影がむっとしていたが、母親がお茶を差し出しそれを飲むと、ぽはぁっと御仏のような笑顔になった。
「ふろしゅえるはたべないの?」
「え? あ、いえ、その……」
「ふむ? ダイエット中かね?」
「フローシュちゃんが? ないない。どったの?」
ハニエルに尋ねられ、うぐっと焦るフロシュエル。逃れる術はなさそうだった。
覚悟を決めて、人参を口に含む。
美味い。無駄に美味い。口内に広がるのは味だけではない。かなり多くの魔力が回復していくのが感覚で理解出来る。
ただし、フロシュエルの魔力は今、ほぼ満タンであった。
「美味しいです、けど……」
「けど?」
「あまり食べると魔力飽和といいますか、今、満タンなので……」
「え? 常時神聖技使用とかしてないの?」
「食事時は余剰魔力を消費しながら食べるモノだろう? でなければ魔力飽和で気分が悪くなるぞ?」
当然のように告げて来るハニエルとブエル。
「ハニエル。フローシュよフローシュ。ド新人相手に暗黙の了解なんて分かる訳ないじゃない。何でもかんでも説明するか自分で経験して行かなきゃ」
さすが小影さん。自分のことをよく分かっている。とフロシュエルは心の中で拍手を送りつつ、自分が未だに新人扱いなのだという事実に軽く落ち込んだ。
そして適当に魔力を垂れ流しながら肉じゃがを食べて行く。
美味しい。美味しいことには美味しいのだ。あの青くなったり赤くなったり虹色になったりする作成過程を見てさえいなければ純粋に美味しくいただけただろうに。
見てしまった自分を恨みつつ、フロシュエルは肉じゃがを完食した。
「どうかね天使見習いくん」
「ええ。美味しかったですよニスロクさん」
「そうだろう。天使にも食べれるように素材を厳選したからな。どうかねそのフロッグコンニャクとスライム寒天から作った白滝は」
「とりあえず……その素材については聞きたくなかったです」
素直な感想を告げるフロシュエルだった。