二十日目7
ハニエルとニスロクの話し合いにフロシュエルはどうしたものかと呆然としていた。
そもそも自分が居る必要ないような気がするのだ。
ハニエルも別にニスロクを殺そうとしている訳でもないし、ニスロクも逃げようとするそぶりは無い。むしろ台所を見付けてうずうずしている姿が見える。
「……成る程、故意ではないわけね」
「全くですな。我としては魔界に帰りたいが帰る方法もわからんのでね」
「魔穴を通ればすぐなんだけどねぇ……」
「出来た場所が分かればよいのだがね。まぁ今戻ってもサタン様に殺されるだけでしょうし、今しばらくはブエル様に従いこの場に留まりたく思いますな。ぜひとも、ええ、ぜひとも人間界の料理を学びたくっ! ……っと、失礼」
本音をぽろりと零したことに気付いてニスロクが慌てて取り繕う。
しかし聞いてしまったハニエルは呆れた顔になっていた。
「ニスロクさん本当に料理が好きなんですね?」
「ええ。天界に居た時は悪魔退治を熱心に行っておりましたが堕天してからはこう、料理に目覚めましてな。まさに料理は奥が深い。同じ素材でも煮る、焼く、蒸すと無数に調理法が存在し、さらに味付け次第で美味くも不味くもなるのですから。妖精の甘露煮などは魔王陛下によく美味しいと言われましたが妖精の塩漬けになると二度と作るなと言われますし」
なぜそこで例えに妖精を出すのか。
ピクシニーが聞いてなくてよかったと思いながらフロシュエルはハニエルを見る。
ハニエルは難しい顔をしながらも敵意は無くしたようで、信用はしないがブエルが面倒を見る分には問題無いか。といった表情になっている。
「仕方ないわね。私からは黙認するとしか言いようがないわ」
「おー。では小影さん次第ですね!」
あとは小影の許可が下りればニスロクはブエルと一緒に居られるわけだ。
「小影ちゃんは学校だからまだ帰って来ないわよ?」
「ではニスロクさん、折角ですし街中探索します? 案内しますよ?」
「天使の癖に悪魔を案内しますか。ハニエル様よ、流石に新人教育がなっていないのではありませんかな? 堕天した身といえども悪魔に対してこれ程くったくなく接する天使を見ると少々その……」
「あ、悪魔に同情された……いいのよ。フローシュちゃんはまだ成長段階だから。バリバリ悪魔タオースとかいう天使になるよりはマシでしょ? これでもむやみに会う人はいい人。とかいう思考回路からは改善されてるのよぉ」
「これよりまだ酷かったのですか。お悔やみ申し上げます」
「あの、ちょっと?」
私のことですよね? 本人相手に酷すぎません? フロシュエルは涙目になりながら二人の間で視線を彷徨わせる。
「ですが、まぁ折角ですし案内されてみましょうか」
椅子から立ち上がったニスロクに促され、フロシュエルも一緒に外へと向かう。
「あ、そーだフローシュ。お小遣いあげるから駅前のクレープ買ってきて~。おつりはフローシュちゃんが使っていいからぁ~」
「うわぁ。いえ、なんでもありません。行って来ます」
一瞬嫌な顔をしたフロシュエルだが、お金をしっかと受け取りニスロクと共に外へと向かった。
ドクター達との強かさ訓練の御蔭か、嫌なことは嫌だと少しだけ素直に表現できるようになったフロシュエルに、嫌な顔されたハニエルは少し胸にチクリとした何かを覚えるのだった。
外へと繰り出したフロシュエルはニスロクに自分の知っている場所を案内していく。
と言っても公園以外ニスロクに説明出来るような場所は無く、早々に案内場所がなくなってしまった。
なので駅前のクレープ屋へと向かうことにする。
「クレープというのは人間の食事ですね。折角ですし作り方を見せていただいても?」
「確か目の前でやってたと思うので覗いていればいいかと思いますよ」
「ではそうしよう」
行列という程ではないが少し待つくらいの人数が居たのでしばし並ぶ。ニスロクは並んでまで食べると言うのが珍しいらしく、それ程美味いのか? と驚きを見せていた。
「いえ、日本人は並ぶのが好きだとかで、多少美味しいモノだったり、テレビで特集されたお店に並ぶ習性があるそうですよ。私も天使見習いなのでそこまで詳しくはありませんが」
「そうなのかね。ふむ。行列のできる料理長か。魔族にも流行らせてみせるか。いや、それだと作成時間に時間を取られ魔王陛下の食事が疎かになりかねんな。ふーむ」
ニスロクが唸っている間にフロシュエルはクレープを三つ買う。
「ニスロクさんはどれ食べます?」
「ん、沢山あるのか? むぅ、これは……全部は、無理なのか?」
「お金が足りません」
「では一番の基本形で」
「りょーかいです」
しばし、クレープが作られる様をニスロクが凝視、店員さんが凄く迷惑そうにしていたが、フロシュエルが出来たのは苦笑いだけだった。