二十日目5
「おくにつれてかれそうになったんだよねー」
「まだ魔力反応あるみたいですし、この奥に何かいますね。彼らの巣でしょうか?」
「どーかなぁー」
フロシュエルとピクシニーは土魔法でゴブリンモドキを地面に埋めて、顔だけ出して放置することにした。
先に向かいたいがこの生物が気を取り戻した時挟撃される可能性があったのでピクシニーと相談した結果である。
気が付いたゴブリンモドキが現状に気付いた時どうにもならない状況にどうするのか気にはなったが、それよりも洞窟の奥が気になったのでフロシュエルたちはそのまま奥へと突き進む。
そしてふと、思い出した。
「あ、そうだピクシニーさん」
「んー? なに?」
「ついさっき防壁を多重展開したんですけど、一つ思いついたことがあるんですよ。防壁を薄く何枚も重ね合わせたら少ない魔力で強度の高い防壁とかできませんかね?」
「フローシュしだいでしょ。がんばれー」
なんとも気の無い返答である。それでもフロシュエルには効果覿面のようで、自信を生みだし力瘤を作ってがんばりますっと決意を新たにする。
「そろそろせってきかなぁ」
「はい。そろそろ……おや?」
洞窟がカーブしていたようで、奥が露わになった時、二人は思わず壁に隠れながら奥に居る生物を覗き見る。
「クク、分かっているぞ。我が楽園へ侵入する異物どもよ」
しかし、相手も魔力感知を持っていたらしく、フロシュエルたちに気付いて声をかけてきた。
フロシュエルとピクシニーは顔を見合わせ、言葉が通じるならそれなりに交渉出来るとふんで大人しく出て行くことにした。
「ほぅ、天使か!」
「あ、悪魔!?」
そいつは白い服に蝙蝠羽、厳つい赤ら顔にちょび髭、そしてコック帽を被った悪魔であった。
「あっれー、ニスロクさま?」
「むぅ? 天使に妖精? 相反する生命体が何故一緒に? いや、天使もだ、悪魔である私に敵意を抱かぬし、見敵必殺の構えも見せん、本当に天使か?」
「すいません、私天使見習いです」
「ほぅ!? 見習いとな。それは珍しい。ラドゥエリエルが作りだした天使見習いは天界から降りることはないはずだが。天使になれなければ消失すると聞いたことがあるぞ?」
「あはは……その辺はちょっと……」
さすがに悪魔相手に伝える事情ではないので口ごもるフロシュエル。ニスロクも悟ったようでふむと頷く。
「それで、ニスロクさんは、なにしてるんですこんなところで」
そぉっとニスロクの後を覗くフロシュエル。ニスロクの後ろでは先程見掛けた赤い肌のカギ鼻たちが忙しなく動いている。
竈のようなモノに魔法で火を付け上に乗せた鍋で何かを煮ていたり、ナイフか何かで肉のようなものを切り裂いているようだ。
「料理だ。この世界に呼び出されたはいいが、我に出来ることはこれくらいなのでね。部下のウコバク共々ここで料理の研鑽に努めているのだよ。地上に出て天使と鉢合わせすると殺されるしな」
なるほど、と納得する。フロシュエル以外の天使と出会えばおそらく見敵必殺となるだろう。
それにしても、とフロシュエルはニスロクを見る。
「なんだか、悪魔なのに悪魔って感じがしませんね」
「これはまた変わったことを言うな天使見習いよ。我の興味があるのは料理を作ることだ。料理以外興味はない」
ニスロクはそう言いながらギロリとウコバクの一人を睨む。
「こら貴様! それは塩ではなく砂糖だぞ!」
「ギィッ!?」
「ブイヨンが入って無いぞ、何をしている!」
フロシュエルとピクシニーは思わず顔を見合わせる。
「と、ところでニスロクさん」
「なんだね?」
「なぜこの人間界に来たんです?」
「うむ。魔王様がどうのこうのと叫ぶ男に召喚されたようでな。我が魔王ではないと知った瞬間じゃぁ帰れとか言いおったので殴り飛ばしてやったわ」
あれ? その人ってもしかして……フロシュエルとピクシニーはなんとなく聞き覚えのある人物像にあーっと思わず天を仰いだ。
「戻る術も無かったのでそいつを脅してウコバク共だけでも召喚させてな、とりあえずこの洞窟で料理を作ることにした。魔王陛下の元を無断で抜け出てしまったので戻るのが怖いというのもあるがな。おそらく戻れば殺される」
「まぞくってそういうのそくさつがいだもんね」
溜息を吐くピクシニー。
ニスロクも同意して溜息を吐く。
「そういうことでだ天使見習い。我は人間界に何かしら変異を齎す気はない」
「そうですか……あ、でもそう言うことなら自分たちが居ること告げておいた方がいいと思いますよ?」
「誰にだね。外に出て天使に見つかればヤバいと言っただろう。魔王陛下の元へも戻れんし」
フロシュエルはそれを聞きながら、にんまりと笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。実は私の下宿先に大天使様と魔王さんがいらっしゃるのです」
「「……はぁ?」」
「って、ちょっと、ピクシニーさんまでなんで怪訝な顔してんですか」
「いや、だって、はぁ?」
フロシュエルの下宿先を知らないピクシニーにとってもこの事実は寝耳に水だったのであった。