二十日目2
源蔵の家に約二時間はいただろうか?
その間トイレやらなにやらでののかが居なくなるたびに源蔵が謎の行動を起こすのでフロシュエルの心が休まることは無かった。
遊びに来るのはいいが、休日とするのは難しいだろう。ストレスが溜まり過ぎる。
得に突然ほあぁっと叫んだかと思うと二人に増えたように見えたり、瞬間移動したかのように別の場所に移動していたり、おならをすれば空へと飛び上がり、くしゃみをすればどんどん若返り。
もはやこいつ本当に人間か? とすら思える意味不明な老人であった。
次にフロシュエルがやって来たのは巨大な塔。
四大精霊と闘い、先輩天使と出会った場所である。
一応知り合いといえば知り合いなので休日の過ごし方を聞くことにしたのである。
試練がなかったからか、各階層は普通の塔になっていて、階段を上るだけで最上階へと辿りついてしまった。
最上階ではテラスに置かれるような白いテーブルが中央に設置されており、椅子に腰かけたテナー・ピタ、サラマンダー、ノーム、ウンディーネ、シルフの五人がお茶を嗜んでいる。
といっても精霊たちは目の前に空のカップを置かれているだけだったが。
「あら、誰が来たかと思えば、フローシュちゃんじゃない」
「来ましたね天使見習い。何の用ですか!」
テナー・ピタに続きウンディーネが歓迎してないと言った顔で告げる。
「はい、実は本日休日を頂きまして、皆さんは休日何を過ごされているのかと、尋ねに来ました」
「それ、休日の使い方ではない気がするのぅ」
「つか休日なんて必要かぁ? 俺ら毎日休日じゃね?」
「サラマンダーには聞いてないし。どーせバカなんだから黙ってろぃ」
ノームが呆れ、サラマンダーがどうでもいいと告げ、そしてシルフがサラマンダーを扱き下ろす。
「そうですね。基本やることはありませんから毎日休日みたいなものですか。休日の過ごし方など人それぞれです」
バックでシルフとサラマンダーの言い合いを聞きながら、テナーの言葉にやっぱりそうですよねー。と息を吐くフロシュエル。
なんとなく予想できた答えだったので仕方ないとはいえ、天使仕事しろよ。と思わず口から出そうになったのは寸前で押し留められたようだ。
ハニエルもテナーも基本毎日お休みらしい。
それでいいのか天使。自分の天使像がどんどん崩れ去って行く気がする。
このまま本当に天使になってしまって自分大丈夫だろうか? そんな一抹の不安を覚えるフロシュエルだった。
ここでも一時間程ゆったりと過ごし、フロシュエルは塔を後にする。
もともと仕事が進まないので日々休日になっているテナーに聞くのはかなり間違いだったようだ。
次は普段働いている人に聞いてみよう。
そう思ったフロシュエルだが、働いている知り合いと考えると、はて、誰がいただろう?
なんとか人物を思い浮かべようとしたが、全く思い当たる人物が出て来なかった。
「結構な人に会ってる気はしますが、仕事してる人はいませんでしたね」
頭を掻きながらやって来たのは公園。
そういえば、ここには田辺さんが居た筈だ。
悔しくはあるが、あの人に聞いてみればアドバイスくらいはくれるかもしれない。
皆の話を総合すれば、田辺さんは演技をしているだけで基本根はやさしい人らしいのだから。
「おや、フローシュさんではないですか」
「あ、田辺さん」
丁度ハトに餌をやっていた田辺さんがフロシュエルを見付けた。
やぁっと片手を上げた田辺さんに思わず嫌悪感が顔に出る。
「おやおや、随分と嫌われましたねぇ」
「あ、あんなことしておいて嫌われないと思ってますか?」
「いいえ。むしろ貴女との関係が壊れることを覚悟で裏切りましたし、後悔はしておりませんよ。これも仕事です」
「……そうですか」
「で、今日は何の御用で?」
朗らかな笑みを湛えた田辺さん。その細められた眼の奥は、フロシュエルを観察するようにしっかと見据えていた。
「本日は休日です。ただ私は休日の過ごし方を知りませんので、普段仕事をしていて休日を取る方の過ごし方を参考にしようと皆に聞いて回っています」
「成る程、その為に私に尋ねてきたわけですか」
「はい」
少し考え、田辺さんは手にしていたパン屑をぼさっとすべて捨て去る。
ハトの群れが寄って来て田辺さんの直ぐ横に集まりだした。
「私の場合は参考になりませんよ?」
「え? なんでですか?」
「今が休日みたいなものですし。仕事の無い日はここに座って餌やりしてますから」
「あ、あ~。確かに」
説明など不要だった。
「そうですねー。基本部下の休日は家族旅行に出かけたりしているそうですよ。あとは趣味のゴルフをしたり、釣りに行ったり、キャンプもありますね。サーフィンなどもメジャーでしょうか」
「???」
よく分かっていないフロシュエルを見て、田辺さんは困った顔をする。
「そうですね。アウトドア派なら旅行をお勧めします。インドア派でしたら家でゆっくりすべきだと進言しておきましょう」
フロシュエルはあいまいに返事する。ゴルフも釣りもキャンプも聞いたことのないものだったのでイマイチ実感が無かったようだ。