十九日目8
「う、うわーぉ……」
湯呑に口付けようとしていた小影は思わず呟く。
粉砕されたゴーレムはまるでそこに実在すらしていなかったように跡形も無く消え去っている。
唖然とするハニエル。うむうむと満足げに頷くブエル。
フロシュエル自身まさかの高威力に呆然としていたが、ぶるりと身体が震えた。
自分が練り込み発動した魔法があまりにも強かったために認識するまで時間はかかったが、自分がこれ程の力を叩きだせると理解できたフロシュエルは内から溢れる嬉しさを押さえきれず身体が震えだしたのである。
「な、なんつー威力。え、これフローシュやったの? まぢで?」
「認めなよハニエル。フローシュの実力は今や大天使も真っ青だっつの」
「うむ。位の低い魔王でも対等に闘えるのではないか? 場合によっては我でも手こずる。おそらく実力は大天使並と言えるだろうな。ハニエル相手でもいい線行くのではないか」
「まぢすか……うわー。フローシュなら強くなれるとは思ったけど、予想以上に実力付いてないかな……」
「えへへ。なんかこそばゆいですね」
褒められ慣れてないフロシュエルは頭を掻きながら照れる。
「それはそうと天使見習いよ。今回の魔法授業はこれで終わりではないぞ?」
「はっ。そうでした!」
「今回の目的は最初は低威力魔法で打ち出し、相手に当る頃には最大級の魔力で激突する。そういう魔法を最終目標とする」
「いやいやいや魔王さんや、そんな訳わかんない魔法できるわけがないじゃないですかぁ」
ハニエルが思わずツッコミを入れる。
発想は確かにイイと思う。
しかし魔法といえど世界現象の一つである以上物理法則を完全無視した途中から威力の上がる方法など出来る筈が無いのである。
あるとすれば最初の段階で魔力を圧縮して打ち出し直撃直前に圧縮を解放して高威力を相手にぶつけるという方法がないではないが、結局注ぐ魔力は同じだし、圧縮解放の手間を考えるとただの魔力の無駄遣いでしかない。
そんな魔法覚えたところで意味はないのだ。
「うーん。あ、そうだブエルさん。魔力圧縮じゃないんですけど、一つ考えつきました」
「うそんっ」
「善かろう。やってみろ」
もう一度ゴーレムを作りだすブエル。
フロシュエルはホーリーアローを作りだす。
低威力の矢なので直ぐに作れる。
ただし、考えた特性を乗せるのに少々苦労した。
一度仕組みを作ってしまえば後は楽に出来るので、三十分程掛かったのは今回だけだ。
「まだ~」
「すいません小影さん、なんとか出来ました! インフレーションホーリーアローです!」
行きます! とホーリーアローを放つ。
ハニエルもブエルもその光の矢に魔力は殆ど乗っていないのはしっかりと把握出来ていた。
だが、ゴーレムに向かう程にその魔力が高まって行く。
まさにブエルの理想通りの一撃だ。
考えを聞いただけで魔法を創造してしまったフロシュエルに思わず感嘆の意を漏らすブエル。
意味のわからない魔法の存在に目を白黒させるハニエル。
彼らの見ている前で、ゴーレムが大魔力のホーリーアローに直撃されて吹き飛んだ。
「嘘でしょ……」
「すばらしい。理想的な魔法だ!」
「いやー。フローシュ凄いわね~」
ずずっと緑茶を一杯。ぷはっと幸せそうな笑みを浮かべる小影。足を鳴らして拍手ならぬ拍足を行うブエル。
ハニエルだけが呆然と口を開いていた。
「ふぃー。なんとか上手く出来ました」
「ふ、フローシュ、あんた一体どうやったの!? 魔力が急に高くなって威力も高まるとか、意味不明過ぎるんだけど……」
「え? あ、はい。どうせならと魔素吸収特性を加えてみました。発動した瞬間から周囲の魔力を奪い取って威力を増すんです。自分の魔力ではなく周辺の魔力で威力が変わりますけど魔物相手なら邪気を取りこんで聖気に変換しますので魔物とか魔王相手の方が威力が高くなりますね」
「うあー。魔王の教えで対魔王能力開発ってどうなのブエル?」
「うむ。指導者冥利に尽きるというべきだな小影よ。我は満足である」
「まぁ魔王様がそれでいいならいいけどね。つか、そっか。邪気を聖気に変化させれば相手が強ければ強い程強力な一撃を叩き込める訳か」
「そう言うことだな。これで力天使に必須な魔王戦スキルが手に入った訳だ」
「ますます手に負えなくなるなフローシュ。堕天しないでよーまったく」
「いや、いやいやいや、そうは言ってもこんな能力使える天使なんていないって……でもフローシュの実力が上がれば私としてはガブリエルちゃんに鼻が高いし、天界でサボってても何も言われなくなるだろうし、運が良ければ消滅する天使を減らす天使育成計画を実現できるかもだし……」
ハニエルが愕然としながらも顎に手を当て皮算用を始める。
フロシュエルの予想以上の成長に彼女自身思考が追い付いてなかったようだ。
フロシュエルを何かに利用しようとしているようで、時折あくどい笑みを浮かべているハニエルだった。