二日目1
フロシュエルは日記をつけていた。
自分が体験したことを纏めた日記である。
昨日は一日目、体験したことを書き記していくと、なるほど、お金を返してもらうだけといえ、相手の家々は皆一癖も二癖もある人々だった。
ただ簡単には返してもらえない。
それがわかっただけでも進歩なのだ。
昨日、家に帰ったあとで小影に言われた言葉だ。
泣きやむ気配を見せないフロシュエルに、小影は言った。
「いい、フローシュ。お金を返してもらうだけとは言ったけど、これは貴女の試験。そう簡単に行く訳は無いでしょ。辛い思いしたのはわかるけどさ、これで諦めてたら天使はやってけない。むしろここで満点取るくらいじゃなきゃ」
涙ながらに、フロシュエルは頷いていたのを覚えている。
その後、小影はこうアドバイスしてくれたのだ。
「フローシュ。失敗から学ぶことを覚えなさい。今回何がいけなかったのか、そしてどうすれば相手からお金を返してもらえるのか、自ら考えて実践して、まずは一人から返してもらうことを考えなさい。さぁ、今日はもう休んで、明日から、本格的に行動だよ」
だから、言われたとおり、その日は休んだ。
そして、目覚めた今日、さっそく昨日の行動を文章にしたのである。
そうすると、自分は真正直にお金を返してと言ったバロックさんは逃げ出し、小影に言われていたにも関わらず夫ではなく妻に声をかけてしまったこと、自分が何も考えずただただお金を返してもらおうとしていただけだと思い知らされた。
これは試験なのだ。
ただ、前から行くのではなく、思いつく限り考えて行動しなければならないのだ。
天使憲法に違反しない限りで思いつく限りのことを。
今までの自分ではダメなのだ。しっかりと変わらなければいけない。
日記を書き終えると、立ち上がって背伸びする。
窓辺に歩み寄りカーテンを開くと、眩しい朝の光が差し込んできた。
落ち込んでいた気分が和らいでいく気がする。
「よし、今日は考えて行こう、昨日の失敗から作戦を考えるぞっ」
ぐっと拳を握り決意する。
窓から部屋を振り向くと、昨日は気付かなかった部屋の全貌が見えた。
簡素なつくりの部屋は六畳間といったところ。
床はフローリングで入口のドアから真っ直ぐ向かった壁に今、フロシュエルがいる窓がある。窓から左にベッド、右には先程まで日記を書いていた机があった。机から少し行った場所には衣装棚。ただし、着替えは入っていない。
受肉はしているものの、天使であるフロシュエルが着ているのは聖衣。
虫食いになることも無ければ汚れることも無い。つまり、替えるべき衣装なんか必要なかったりする。おしゃれに気を使うような余裕も無いので衣装棚は以後も使われることはないだろう。
ベッドの上はピンク色の掛け布団が乗った白いシーツ。寝心地はかなり良かった。
部屋を後にして小影の待つダイニングルームへ。
「おはようございます、小影さん」
「ん、おはよ。結構元気そうじゃない」
「はい。天使になるんです、落ち込んでなんて居られません」
小影の向かいに座ったフロシュエルは、目の前に置かれたハムエッグとシュガートーストを見て手を合わせる。人間界での作法はちゃんと覚えている。うろ覚えだがちゃんと覚えたのだ。
小影が何も言わないので多分合ってるとフロシュエルは思う。
「これが人間界の食事というわけですね」
「天使だって食べるでしょ?」
「いえ、天界では食事は取りません。必要ありませんので」
「うっそ!? ハニエルの奴出会った当初からバカみたいに喰ってたよ」
「受肉してれば天使だって食べますよ。ただ、血肉となった方々への感謝は忘れるわけにはいきませんので、一口一口大切にするんです」
が、フロシュエルの言葉に小影は疑いの視線を向ける。
どうやらハニエルが食事に祈りを捧げているのを見たことは無いようだ。
「それじゃ、今日はがんばりますね」
「おー、しっかりね~。私学校行ってるけど、あきらめちゃだめだよ」
食事を早々に終え、立ち上がったフロシュエルに小影がエールを送る。そして、ふと気付いた。
「あ、そうそう、フローシュ用に新しい靴買っといたから、履いて行くといいわよ~」
「靴……あ、そっか」
フロシュエルが履いていた靴は片方犬に奪われたままだった。
思い出したフロシュエルは靴も取り返さないといけないことに気付き、さらに気合いを入れる。
借金を全部返して貰い、ついでに健太から靴を取り返す。
やるんだ! 絶対に天使になるために!
しっかりと決意して地図を見る。
まだ覚えきれていないため、地図は必須だ。きっと今これを無くしたら確実に迷って行き倒れになる確信がある。
家を出たフロシュエルは地図で現在地を確認しながら、小出さんの家に向けて足を進めるのだった。