十九日目6
「はぁ、なんかこう、驚きました」
「私は肝を冷やした。まさかここまで育てたフローシュが殺されたかと思ったぞ」
「さ、流石に、ほら、正義の味方らしいですし?」
そう告げたフロシュエルだが、彼女自身殺される可能性があったのは否定しきれない。
それほどに自然に一撃が放たれ、反射盾の弱点を的確に穿ち、フロシュエルにダメージを与えたのだ。それも致命傷にならないよう手加減してである。
正直そこまで計算出来るものなのかと首を捻りたくなるが、相手はこの世界最強の一角らしいので出来てもおかしくないのが恐ろしい。
「まぁ、今のうちに弱点が分かって良かったと思いましょうか」
「お気楽思考はこういう時楽でいいな」
呆れた口調の龍華に同意するブエル。
強かさ授業が終わったので三人で帰路についているところだ。
「えっと、明日はお休みするのですよね?」
龍華から明日は休めと言われていたことを思い出す。
休めと言われても今まで休んだことが無かったので何をしたらいいのかわからない。
フロシュエルは不安げに聞いてみたのだが……
「うむ。私はそろそろ元の街に戻ろうと思っている。強かさ授業と完全との授業がメインとなるだろう」
「え? 龍華師匠との修行無くなっちゃうんですか?」
「こちらもやることはあるのでな。悪いがそろそろそちらに取りかかりたい」
もともとフロシュエルへ修行を行うことはボランティア感覚だったのだ。フロシュエルの覚えがよかったので思わず延長していたが、本来なら一、二週間程度で切り上げておくつもりだった。
龍華自身もフロシュエルの事を気に入っているのだなと自己納得してうむ。と頷く。
「フロシュエル。強くなるのは私が居らずとも問題無くお前は成長できる。むしろ私と次に会った時、私に打ち勝つ位になっておけ」
「龍華師匠……は、はい。天使フロシュエル、絶対に、絶対に龍華師匠に胸張って会えるようがんばりますっ!」
「うむ。休日を過ごし心身を休めるのも修行のうちだ。知らず知らず疲れは溜まる。それを吐きだす方法はお前自身で見付けてみろ」
「はいっ」
「いや、なんかスポコンマンガみたいなノリになっているが、休日何して過ごす? という話だったよな?」
隣で見ていたブエルが呆れた顔をしていたが、師弟がソレを気にすることはなかった。
「でも実際の話、休日ってブエルさん何します?」
「コンビニで雑誌を読みふける」
いつもやってることだった。
「いつものことではないか」
「魔王だぞ。やる事なんぞ何も無い。毎日が休日だ」
それもそうである。
むしろ天使としては魔王に働いて貰っては困るくらいだ。
彼らが働くということは人間や天使にとっての危機が訪れるということなのだから。
「こういう大人にはなるなよフローシュ」
「あはは……」
「何を言う。大天使よりはマシだろう? あいつ食事したらソファで寝ころび食っちゃ寝しながらテレビ見てるんだぞ」
「ハニエル様……」
「あの天使は怠惰の七大罪の座でも狙っているのか?」
ブエルの言葉に思いを馳せるのは、今もテレビを見ながら煎餅齧っているだろうハニエルの姿。容易に想像がつくだけに溜息が洩れるフロシュエルと龍華だった。
「そうだな。最初の休日だし、知り合いに聞いて回ってみればどうだ?」
「それはいいですね。小影さんとか休日何してるのか気になりますし、いろんな人に尋ねてみようと思います」
「それでいい。ブエルやハニエルはあまり参考にしなくていいからな」
「おい」
一緒にされたブエルが心外だと反論するが、龍華はガン無視を決め込む。
「そういえば龍華師匠は休日は何を?」
「私か? ふむ。あいにく疲れを知らない身体なのでな、休暇自体取ったことはないのだが……昔の話でよいか? トト様に同じように尋ねた時返って来た言葉なのだが」
「はいっ」
「兵士たちなら博打をしたり、女を抱いたりして散財するだろう。武将たちも似たようなものだ。酒場で一日騒いでいた奴もいた。ようするに自分のやりたい事をやればいい。それが身体を休めることではなくとも気力が充実すれば休暇だ。ちなみに俺は数式を考えるのがいいな。円周率の計算とか時間がいつの間にか過ぎ去っていて楽しいぞ?」
「……計算?」
「トト様は根っからの学者だったからな。私と出会うことになったのも時空転移実験の産物だそうだ。本当に、変わったお人だった」
懐かしむように目を細める龍華に、大切な人だったのだろうと理解するフロシュエル。
あまり突っ込むような話では無さそうなので神妙な顔で頷くだけにしておく。
「それで、不死者自身の暇潰しは何をしているのだ?」
「ん? そうだな。本当に何もすることが無くなれば、ああ、昔暇があるならやれと言われた精神統一だろうか? 空海の奴が座禅組めと言ってきてな、いつでも何時間でも出来る暇つぶしだぞ? 昔行った時は最長一週間その場で座禅を組んだものだ」
不死者らしいので暇潰しの時間がおかしいことにはフロシュエルもブエルもツッコミすら入れるのを躊躇うのだった。