十九日目5
「何をさらっと帰ろうとしている?」
「ほえ?」
ドクター城内の言葉に龍華も意外そうな顔をした。
先程のドクターの言葉を皆が聞き流していたせいだろう。クロリまでどうした城内。みたいな顔をしている。
「入ってこい。このままだと紹介すらされんぞ」
「それはそれでショックですが、初めまして皆さん」
ドクターに促され、見知らぬ女性が現れる。
多分女性だろう。胸もあるし線が細くスタイルが良い。
ただ、ダンサー衣装に身を包んだ彼女は顔を仮面で隠しており、素顔を見ることは叶わなかった。
「コレが我が傑作にして至高の怪人、仮面ダンサー・アンだ!」
「私はドクターの作品ではないのですけど?」
ため息交じりに告げたアン。その姿を見て龍華が目を見開いた。
「驚いた。貴様等普通に話せる間柄だったか」
「お久しぶりですね聖龍華。一応、私を作り上げたのはドクターですし、他のダンサーシリーズとは違い、私は死した後にドクターに命を拾われたので、感謝の方が多いのです」
「その割にはドクターをシバキ倒している気がするが?」
「それはそうでしょう。この人マッドサイエンティストですし、いい加減他人を改造するのは止めてほしいのよ。どうにかならないかしら?」
まるで彼女が彼氏の趣味を心配するように片手を頬に当てて息を吐くアン。そのアンをムッとした顔でクロリが見つめていた。
「なんですレウコクロリディウム?」
「……なんでもない。貴様の顔は見ていたくないだけだ」
どうやら二人は仲が悪いらしい。舌打ちしながら部屋から出ていくクロリ。
何が起こってるのか分からず付いて行けてないフロシュエルはただただおろおろとするだけだ。
「天使見習いよ。なんだその動きは? 奇妙な踊りか?」
「あ、ブエルさん、その、こういう時どうしたらいいのか……」
「神妙な顔で突っ立って背景化しておけばよいのだ。我のようにな」
「な、なるほど」
キリッと顔を引き締めるフロシュエル。どこか滑稽だったのかアンにクスリと笑われた。
「御免なさいね。クロリとは少々因縁があるの。私は出来れば仲良くしたかったけど、今は私が正義の味方、彼女は悪の首領。もう、ここ以外では闘い合うしかない存在だから……」
フロシュエルはそれで納得した。
本来ならば敵対関係な二人がその場に居る。空気が悪くなるのは仕方ないことなのだろう。
魔王と天使が一緒の場所に居るようなモノだ。余程の変わり者同士でなければ激突は必至だろう。
ブエルとハニエルのような変わり者でもなければ。
「それで、アンは何をしに?」
「あら? そちらのフローシュだっけ? 戦闘訓練に付き合ってくれとドクターに懇願されたから来たのだけど?」
「懇願などしていない。手伝えと告げただけだ」
「ふふ、ツンデレなのは相変わらずね」
どこがツンデレ!? 思わず叫びそうになったフロシュエル。
誰もそこにツッコミを入れなかったのでフロシュエルもスルーすることにした。
「時間は少ないが?」
「ある程度の戦闘スタイルは見せて貰ったわ。今も常時発動中なのでしょう、反射結界」
「え? あ、はい」
「ならこんな攻撃方法もあるってことを教えてあげる。今日は時間も無いみたいだし、これだけ」
ヒュンッと風が鳴った。
気付いた時には左胸に風穴が開いていた。
「あ……え?」
自分が攻撃を受けたことすら気付けなかった。
危機察知も今更ながら反応を見せるが遅すぎる。
肺に何かが刺さっている。それに気付くことすら遅すぎた。
「貴様ッ」
「大丈夫、回復魔法が使えるのでしょ。毒も塗ってないし、さっさと引き抜いて回復すればいいわ」
胸に刺さっていたのは小型のナイフだ。
刺さっている深さもそこまでは無い。肺に触れるか触れないかくらいの深さで止まっている。
それでも、プリズムリフレクションを潜り抜け、フロシュエルに一撃加えたのだ。
刺さる寸前ガインと反射音が鳴った気もしたが、それなのにこちらにダメージが来ているおかしさにフロシュエルはしばし呆然としていた。
しかし、龍華がそれに気付いて一喝したことで我を取り戻し、慌ててナイフを引き抜き回復する。
「い、今のは?」
「反射盾の隙間に叩き込んで跳ね返った一撃を反射盾の裏で反射させて貴女にダメージを返した。理解、出来そう?」
要するに跳弾である。数枚後ろで回っている反射盾で最初の一撃を跳ね返し、跳ね返った先に移動してきた反射盾の後ろから反射させることで攻撃はアンではなくフロシュエル側に跳ね返ったのだ。
その入射角やタイミングを計って放たれた一撃は、ただ狙って穿てるモノではない。コンマ数ミリの正確な測定が必要になる。
「隙間のある反射盾にはこういう攻撃もあるわ。龍華のように全ての隙間を狙わなくても計算さえできればダメージを与えることは可能。決して無敵じゃないことを覚えておいて」
「りょ、了解しました」
龍華との戦いで命の危機を何度も味わっていなければ、今の一撃、確実にパニックになっていただろう。
高鳴る心臓を必死に押さえ、努めて平然と言葉を返すフロシュエルに、アンは満足げに頷いた。
「また暇な時にアドバイスするわ。では私はこれで」
ワンポイントアドバイス的なものを告げるだけ告げて、アンはさっさと帰ってしまった。