十九日目3
レウ改めコクロとの会話が始まった。
といってもやっているのは役を入れ替えての先程の問答である。
ドクター城内との話をもう一度行う。しかもフロシュエルがドクターの台詞を言っている状態だ。
そしてフロシュエル役をしているコクロだが、フロシュエルが告げたような台詞は言わない。
むしろ返されてくる言葉に強かさが入り、フロシュエルの方がストレスが溜まりだす程だ。
こう言われたらこう切り返せ。そのお手本を聞かされる。
フロシュエルにとっては確かに自分が受け答えした問答でどう切り返すのが強かなのかが分かるのでありがたいことはありがたいのだが、やはりイラッと来るのは仕方ないだろう。
よく自分堕天しないなぁと思いながらも、思わず自分の忍耐力に称賛を送る。
「ふむ、こんなところか」
「一日目なら充分だろう。どうだフローシュ?」
「はい。なんかこう、向かいようの無い怒りがこう、溜まっているといいますか……ストレス溜まりますね」
「だろうな。私なら御免被る授業だ」
そんな授業受けさせないでください。なんて思ったが、受けると言ったのは自分だったので口を噤む。
「天使見習いよ。そこはそんな授業受けさせるなと言うべきではないのか?」
「え? でも、自分が受けると言ったわけですし……あ、そっか、それが強か」
「自分の悪さをお首にも出さずに相手が悪いと告げる。まぁ心象は悪くなるだろうが強かさを身につけるならそう告げても問題はないな」
「うー、やっぱり難しいですね。苦手みたいです」
「それはそうだろうな。元来天使はこういったモノは苦手だろう」
ドクター城内の言葉に苦笑いするフロシュエル。
確かに苦手だが、苦手だからと敬遠しておくわけにはいかない。
その苦手なモノこそが今フロシュエルに必要なのだから。
「ドクター、練習場を借りるがいいか?」
「ああ、ここでやるのか、あまり床や壁を傷付けないでほしいモノだが?」
「気が向いたらな」
ドクター城内に了解を貰うと、龍華がトレーニングルームへと向かう。付いて来いとのことだったのでフロシュエルも龍華に付き従いトレーニングルームへ。
「折角だ。ここでストレス発散するがいい」
二連刃の鎌を構える龍華が相手では、ストレス発散など夢のまた夢であった。
それでもやらない訳にはいかないのでフロシュエルも気合いを入れ直す。
気分が昂揚しているのだろう。
なんだか非常に身体を動かしたくてたまらない。
なのに相手は龍華。
敗北は確定してるし、下手したら致命的なダメージを受けかねないのだ。
それでも、今はっ。
「本気で行きます龍華さん!」
「よかろう。折角だ好きに来い。今回は何でもアリだ」
言葉と共に床を蹴る。
迫る龍華が身を捻り一閃。
フロシュエルはその一撃を避けるではなく、踏み込み龍華の懐を目指す。
振り切られた鎌の下を通り抜け、近接格闘を行う。
今までとは違う戦闘方法に、龍華の反応が遅れる。
床を踏み抜き、全力を込めた拳を叩き込む。
完全直伝の暗殺拳である。
「これは驚いた。大した成長だフローシュ」
フローシュの拳を片手で弾く。
振り切られた鎌に体勢を崩された龍華が回転しながら踏み込み、一回転からの追撃。
横一閃の一撃をいなされた体勢から身体を落としてやり過ごし、フロシュエルは両手を支えに脳天向けて蹴りつける。
これは龍華が取り出した剣が受け止める。
蹴りを放たれたので慌てて距離を取ろうとしたフロシュエルだったが、間に合わずダメージを受ける。龍華が。
「っ!?」
ダメージを反射され折れた脚がプランと揺れる。
「あ。プリズムリフレクション、まだ出たままでした!」
「参ったな。まさか物理反射か。してやられたぞ」
「私も忘れてました。仕舞い方分からないんですよね」
「身を守ってくれるならそのままにしておけばいいさ」
一度身を引いて体勢を整える龍華。
強化され続けるフロシュエルの攻略をどうするべきかとゆっくり動きながらフロシュエル攻略の道筋を考え始める。
昂揚しているのは龍華も同じだった。
折れた脚が再生されるのを待たず鎌を腰だめに構える。
「楽しくなって来るな。つい目的を忘れそうだ」
「私はちょっと戦々恐々ですよ」
「安心しろ、一応寸止めを心がける」
「一応っ!?」
不安になる言葉を聞いた気がしたが、龍華が動き出したので意識を戦闘へと傾ける。
龍華の動きがまた上がった。
プリズムリフレクションがあるのは分かっているはずだが、どう攻略して来るつもりなのだろう?
むしろ攻略できるのだろうか?
不安半分信頼半分。自分の編み出したプリズムリフレクションが破れる能力を、龍華は持っていない筈なのだ。
今回こそは龍華の負けになるはず。しかし一抹の不安が拭えない。
龍華なら何とかしてしまうのではないか、どれほど反射結界やらなにやらを使っても自分では龍華に勝てはしないのだと、龍華を信頼してしまうのだ。
「いざ、参るッ」
迫る龍華、その動きはやはり自分では捕えきれない。
連撃が襲って来る。
プリズムリフレクションがその都度弾き、龍華の身体を傷付けていく。
「青龍乱舞ッ」
「あの、龍華さん、それ以上は……」
「私は死なん。復活する。ならばこそ、こういう攻略法もある」
「え?」
腕を折り、再生し、また折り、再生し、見ているフロシュエルが痛々しく思う程に身体を壊しながら連撃を繰り返す龍華。
もうやめませんか? 言いそうになったフロシュエルの背筋を怖気が走った。
マズい。このままだと命の危険がある。そう本能が告げる。
「はぅ?」
何が起こる? 理解できないフロシュエルが無防備になった瞬間だった。
つぷり。フロシュエルの額に二連の刃先が突き刺さる。
あまりにも予想外の一撃だったせいで刺さってからもしばし理解できず、視線を額に向け、そこに鎌が刺さっていることに気付いてしばらく、血が垂れて来た頃にようやく理解し悲鳴を上げるフロシュエルだった。