十九日目2
「お邪魔しまーす」
ドクター城内の秘密基地にやってきた。
恐る恐る通路に入り、ブエルと龍華の後を付いて行く。
薄暗い廊下を歩き、チェンバーのある部屋に入った時だった。
薄暗がりの中、ぼんやりと浮かび上がる紫の少女。
「ひぃぃっ!?」
あまりにも動かないキキに思わず悲鳴を上げてしまった。
人形のように佇むキキはある意味脅威だ。心臓に悪過ぎる。
怯えるフロシュエルを放置して、龍華とブエルがさっさと部屋へと向かう。
後に残されたのはフロシュエルとキキだけである。
しばし、怯えるフロシュエルと無言のキキが向い合う。
キキが動くことはなく、フロシュエルも恐怖で動けない。
結果しばし恐怖体験が続くことと成ったのである。
「うぅ、何であの人はずっと動かないのですかぁ……」
なんとか小走りで奥の小部屋へと入り込んだフロシュエルは、ふぅと息を吐く。
「どうしたフロシュエル? 顔が青いぞ?」
「えええ!? 龍華さんも見ましたよね!? チェンバーのとこ、キキさんずっと立ってたじゃないですか!?」
「ん? ああ、居たな。それがどうした?」
「あんなとこ居たら普通驚きますよ!?」
「軟弱者め。だから天使見習いなのだ」
「理不尽っ!?」
ブエルの言葉に半ベソ状態のフロシュエルに、ソファに座っていたドクターが苦笑する。
「いや失礼。今キキはメンテナンス中でね。内部情報の精査をしているため動けないのさ」
「???」
訳の分からない顔をするフロシュエルを放置して、ドクター城内がソファへと促して来る。
さっさと座れということらしい。
「ふ、わざわざ足を運ぶとは殊勝だな天使よ。その足繁きお前に仕方が無いから強かさについて教えてやろう」
「なんで上から目線なんですか……」
呆れるフロシュエルにはぁと溜息を吐くドクター城内。
「わかってないな天使君。既に授業は始まっている。強かさとはどういうものか、分からないのかね?」
溜息と共に両手を頭の高さに上げて首を振るドクター城内。
なぜか分からないけどフロシュエルのストレスが急激に上がった。
そこからの授業はまさにストレスとの闘い。
強かなのか毒を吐いてるだけなのか、貶されているのか遠まわしに褒められているのか、皮肉を言われているのか、いろいろと雰囲気から察知するという周りくどいやり方で授業が始まった。
怒りを覚えつつも爆発する一歩手前で今のがどういう意図で発せられた言葉かなどを懇切丁寧に説明され怒るタイミングを外されたり、怒鳴り散らそうと息を吸い込んだ途端キキがおやつを持ってきたりなど、完全に弄ばれるフロシュエルのストレスだけが鰻登りで上昇した。
それでも必死にフロシュエルは勉強する。
自分に足りない経験を補うように、言われる意味を考え、問われた真意を推理し、怒るのではなく相手の思惑を深読みする術を覚えていく。
相手をわざと怒らせ交渉を相手側から破棄させる方法、逆にそれで弱みを握る方法、あるいはヤリ込める方法など、さまざまな事を考え、教え込まれていく。
「そろそろ、時間だ」
「むぅ、もうそんな時間か」
龍華が不意に声を出す。
ドクター城内はふぅっと息を吐き、キキから差し出されたお茶を飲む。
「では、今日の復習と行こう、入っていいぞ」
ドクター城内が背後のドアへと声を掛けると、そこから新しい女性が現れた。
また新キャラ出現ですか!? 驚くフロシュエルの目の前にやって来たのは小柄な女性だった。
「おい真一。この素体は動きにくいぞ?」
「黙れ。何がホムンクルスを一体作れだ。私の専攻は人造機械。オートマータだ。錬金術師と一緒にしないで貰いたいな」
「違いが分からんと言っているのだ。しかし、まぁ強かさの練習程度ならこの素体でも良いか。やあフローシュ。この素体ではコクロと呼んでくれ」
なぜか親しげにやってきた彼女はドクター城内の横にドカリと座ると、ニタリと微笑む。
「えーっと、コクロ、さん? どこかで会いましたっけ?」
「酷いな。聞いたか不死者よ、この天使見習いは知り合いを知らぬと言いだしたぞ。朝別れたばかりだというのに酷い女だ」
「ええっ!? 朝!? えええ?」
朝と言われても自分が会った人物は限られている。その中にこんな女性は居なかったはずだ。
「趣味が悪いぞレウ、否、お前はコクロだったか」
「へ? レウってあれですか、茉莉さんと一緒に居た? でもあの人は茉莉さんに寄生してたはずじゃ……」
「同一人物だが同一じゃない。同時に別の場所に存在しているのだよ。改めて。我はコクロ。これから真一の阿呆と共にお前に強かさとやらを教えてやる」
そう言えばレウが別れ際に自分ではない自分がどうのと言っていた気がする。
その時は意味が分からなかったが、どうやらこういう理由からだったようだ。