十八日目7
茉莉との模擬戦を終えたフロシュエルは、そのままドクター城内による強かさの授業に入った。
触り程度なので大した授業ではなかったし、悪口暴言、丁寧に吐く毒の話し方などを教えられるが、ただ口が悪くなるだけなのではないかとフロシュエルは首を捻る授業内容だった。
気を取り戻したレウも加わり、先生が二人になったり、相方をしてくれていたブエルがストレス為過ぎてキレそうになったりしたが、概ね滞りなく授業は終わる。
正直今のところ実感はわかない。言われた言葉を吐き散らしていただけなのだから仕方ないとも言えるのだが。
「いいか天使見習い。強かさというのは勉強して身に付くようなものではない」
「え? じゃあこれ意味が無いような?」
「お前には経験が足りんからな。まずは私たちが話し合っている強かな会話を見て経験を積むことから始めている。最終的には自分で考え自分で話し方を考えなければならん。相手の言葉に素直に頷くのではなく、ただ応答するだけでも皮肉を交えてみたり、一度否定してからでも仕方ないからやってやる。などのテクニックを身に付ける。その為の授業だ」
「即席で強かな存在にするんだから授業でいいのだろう。勉強という訳でもないがな」
「我はストレスで胃に穴が空きそうだぞ」
「魔王、というかお主にも胃があるのだな」
龍華の感心した言葉にブエルモノの例えだと溜息を吐く。
「では明日からはここに来い天使見習い」
「はいっ……あ、えっと。なんで私がわざわざ出向かねばならないかわかりませんが、仕方ないので来て差し上げますよ」
とりあえず強かに言ってみた。
しかし、皆の反応は悪い。
ドクター城内などは額に手を当て先は長そうだ。みたいな顔をしていらっしゃった。
「あ、あれぇ?」
「天使見習いよ。その台詞はどう考えても喧嘩を売っているようにしか聞こえん」
「私にはツンデレさんに聞こえましたおとーさん」
強かって難しい。フロシュエルはがくりと落胆するのだった。
ただ悪口や強がりをいうだけでは意味が無いらしい。
結局ドクター城内にお礼を言って研究施設を立ち去る。
龍華とブエルと共に来た道を戻る。
かなり時間を使ったようで、既に夕方になっていた。
茜色に染まる空に、鳥の編隊が飛んでいる。
「もう、夕方ですか……」
「かなり時間を使ったからな。それで、どうにかできそうか?」
「いえ。強かというのはなかなか難しいとしか。私に身に付きますかね?」
「堕天すれば直ぐだろうがな。天使のままで強かに生きようというのだ、苦労するのはしかたあるまい」
「そう、ですよね。よし、私頑張りますっ」
「その息だ」
長く伸びた影法師が三つ、ゆっくりと道を歩いて行く。
目指すのは小影の家。直接家に帰るらしい。
龍華もついでだから送って行くと、三人して小影の家へと向かうのだった。
「それにしても、茉莉という小娘との闘いは凄かったな」
「え? 見てたのですか?」
「ドクターが余興だとモニターに映したのだ。あ奴も喜んでいたぞ。娘が強くなって嬉しいらしい。最後の一撃に思わず立ち上がっていたがな」
「あの……もしかして授業の最初風当りが強かったのは……?」
「まぁ、そういうことだろうな」
ということらしい。娘に一撃入れた相手だったので少し棘のある対応をされたようだ。
ちょっと泣きそうなフロシュエルだった。
数十分の時間をかけ、家へと辿り着く。
家に入ると、布巾を手に取りブエルの足を一つ一つ拭いてやる。
なぜかフロシュエルの作業になっていたが、フロシュエルは当然のことのようにブエルの足を綺麗にして家内へと上げた。
「フローシュ、わざわざ拭いてやっているのか」
「え? だって汚れると小影さん怒りますし。ブエルさん自分で拭けないし」
「ふん。魔王である我がなぜ自分の足を拭かねばならん? 下働きに任せておけばいいのだ」
「フローシュは貴様の下働きではあるまいが。まるで老人介護だな」
「ろ、ろうじ……っ」
龍華の言葉に思わず呻くブエル。
むぐぐと唇を噛むが、言い返せないようだ。
「見ろフローシュ。今のは相手も口ごもるような図星を付いて黙らせる方法だ」
「え? 今のもですか」
「ただし、図星を付くタイミングなどを誤ると激高されるぞ」
「ず、図星ではない。そ、そもそもだな。これ位魔法を使えば簡単に落ちるのだ!」
「ならばすればよかろ?」
「ぐぐぐ。オノレ聖龍華……」
ふふ、と微笑する龍華。
魔法を使って汚れを落としたブエルは、ふんっとそっぽ向いてダイニングルームへと去って行った。
「焦るなよフローシュ」
「龍華さん?」
「お前は少しずつ、着実に実力を付ければいい。確かに時間はないが、急激に強くなろうと思わなくてもいい。初めに会った時から今までどれだけの時間だ? 生き急げばろくな結果にはならんからな。明日はともかく明後日辺りは休んでみろ」
「休む……ですか?」
「ああ、一日何もせず部屋で過ごしたり、街を意味もなく散策する。一日だけでも何もしない日を体験しておけ。休むことも修行のうちだ」
そう告げて、龍華はダイニングルームへと向かうのだった。