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落ち葉拾い


第一章



「序」

 



スーツとコートを着込み、無精ひげを生やした男が一人、携帯のボタンの上に置いた自分の指を、道行く雑踏を遠目に、慣れた手つきで奔走させていた。男の表情の険しさは、周囲から浮いていた。


「緊急事態、だな。昨日の事件で人手が減ったか」


男の名は相良 炎間さがらえんま。「落ち葉拾い」という国務を担う組織に、公務員として勤めている。公務の内容以外は他の国家公務員となんら変わりはない。扱うのは人の命、と言っても生きている人間ではなく、既に死んだ人間のものだ。


「落ち葉拾い」


肌寒く空高い、収穫の秋を思い浮かばせるの秋めく名前が、その名を冠する仕事に就いてからはひたすらに暗くて重い、鈍重な雲が空を覆う冬の、厳しい寒さを相良に感じさせていた。


本屋に行く前にふと思い立ち、相良炎間さがら えんまは、銀行で今月の分の給料が入っているかどうか確かめた。と、そこにはいつも通り、ひと月分、八十四万円が入っていた。「人間一人が生活するにしても、使っても溜まる一方だ」と思う一方で相良は、「しかし命がかかった仕事なのだからこれくらいは当然だろう」と半ば強引に自分を納得させていた。銀行に来たその足で仙台駅に寄りつつ、ぶらぶらと本屋に入り、なんとなく手に取った小説をレジに持っていく。


手近なカフェでコーヒーを飲みつつ書物を開くと、なんとなくその重さが、自分には物足りない。「仕事で使っている本の方が手になじむ」そんなことを思いながら、コーヒーに角砂糖を二つほど入れた。今日は十時からちょっとした経理の仕事といくつかの事案を取り上げた会議をした後は、何もないはずだ。読み進めるのもほどほどに、本を閉じて、相良は仕事場へと向かった。


相楽は、未練を残して死んだ魂を、長年人間が練り上げ、発展させてきた特殊な技術で燃やし、土に返すという仕事をしている。言ってしまえば、ゴーストバスターだ。しかも命の危険が伴う。生きている人間の命を助ける医者は月給が七百万だそうだ。落ち葉拾い実務課の相楽の給料が八十四万なのは人の命を救うか、地に返すかの違いなのだろう。どうやら生きている人間の価値は死人よりもはるかに尊いということらしい、と相良は物思いにふけりながらも仕事を淡々とこなした。


仕事を一通り終えて帰る途中、午後三時。


「相良さん」


そこにはスーパーの買い物袋を手に提げた長髪の女性が立っていて、髪を風に揺らせながら、うれしそうに相良を見ていた。鬼瓦刹那。彼女は相良の仕事のパートナーで、もう組んで六年になる女性だ。世話好きな相良にとっては、娘のようなものだった。


「お、今帰りか。荷物を持つよ」


「ありがとうございます。こういうときって男性は頼りになりますね」


「こういうとき以外にも頼りにしていいんだぞ」


「それは心強い」


たわいもない話をしながら、同じ帰路につける。それは、自覚こそ薄いにしろ、相良にとっても鬼瓦にとっても、帰ってしばらくしたら、今日、というか明日も同じ仕事が待っている。午前一時半の起床に向けて、七時前には就寝したいところだ。まるで坊主のような、浮世離れな生活である。死人と関わるということもあいまって、本当に坊主のようだと、相良はとりとめもないことを考えながらとこについた。



午前二時。


本物の落ち葉は、地につけば、微生物に分解され、地力の助力となる腐葉土になる。それは落ち葉にとっても地力にとっても最良だろう。だが、もし落ち葉がコンクリートの上に落ちてしまったならばどうだろう?放っておけば、もし土になったとしても大地を豊かにするはずの役割は果たせない。


「相良くん!そっちに行った!」


声がきこえて、相楽がすぐに対応すして、手に持って準備をしていたぶ厚い古い装丁の本を開く。


「炎上捕縛!!」


叫び声と共に開いた本から炎が出て来る。本が燃えやすいというのは自明の理であるが、本から炎が出て来るなど、一体誰が予測出来るだろう。その炎は自分の思い描いた捕縛の方法をとってこっちに向かってきたオチバを捉えた。


「見逃してよ!お願い!まだ子供が生きているのよ!」


「すまないが、無理な相談だ。お前は、自分で死ぬことを選んだのだから、余計だよ」


一々同情していたらきりがない。それに、このオチバは生きた人間の生命力を喰らわねば己の体を維持出来ない。つまり、意志ではなく本能で生命力を喰らおうとするのだ。己が存在を継続させるために行われる至極自然な行為に於いては罪悪感もなにも在ったものではないだろう。燃えてゆくオチバを見ていると、掌が熱くなったような気がした。


魂は、強い未練を残しながら現世に留まりすぎると鬼になる。

未練を無くしてやれば魂は成仏するらしいので、その方がお互い気持ちよく事を解決できる方法ではあるのだろうが、いちいち一人一人に割いている時間など毛ほども無い。ただでさえ自殺者が年三万人を超えるこの日の本の国では、何せ燃やしても燃やしても、次から次へと出てくるのだから。 



「お疲れ様、相良くん」



一仕事終えてすっきりしたような顔で、相楽の部下であり、パートナーである鬼瓦おにがわら 刹那せつながにへにへと笑いながら言葉をかけてきた。


「ああ、ありがとう。でもな、鬼瓦、一発殴らせろ」


「え?ど、どどどうしてですか!?ってイタッ」


女だからと言って容赦する訳ではないが、拳骨だけでゆるしてやった。 もう仕事をして何年かになる彼女は、しかし魂が向かってくる時にあきらかに手を抜いていた。仕事をサボっているわけでは無いこと位分かる。彼女は、燃え行く魂に同情の念を禁じえなかっただけのことだ。特に、まだ生きている人間の魂を食したことがない魂には特にだ。鬼瓦は燃やす理由が欲しいのだ。だからこそ、相楽は厳しく律さねばなるまいと強く思う。 


「同情したら殺されるのは俺達、いや、今生きている人達や、大切な人達だぞ!!…この阿呆。次こそは覚悟を決めろ。お前に死なれるなんて俺は…御免だ」


「はい」


今の鬼瓦を見て、相楽は、祖母が死んで鬼になった時の自分の姿を重ねた。まだ相楽が落ち葉拾いで働いていなかった時とはいえ、「あの時は俺も身内の魂を燃やすことに躊躇ってしまったたけなあ」と。


「あの、」


「何だ鬼瓦?」


「腰抜けちゃいました」


そう言われれば、さっきから座りこんでいた


「おぶってやる。速く乗れ」


「はい!」


午前二時半、相楽は鬼瓦を背負いながら帰路についた。

胸が背中に当たっていて正直困ったのは、内緒の話だ。


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