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共喰い  作者: 都湖琉
白昼夢
1/1

雨天

 大粒の雨が強く降り続く、湿った夏の日の午後。

 泣き叫ぶ空はアスファルトを黒く塗りつぶし、萎んだタンポポたちを地面に叩きつけていた。

 小学校の校門からは傘を差した児童たちが、わらわらと吐き出されていく。

 児童たちに揉まれながら空を見上げてため息をつくのは、傘を忘れた二人の少女。

 艶やかな黒髪を腰まで伸ばした、気品のある少女がため息をつく。

「あーあ、雨ふってる。みなこ、かさ持ってないよ。なぎさちゃんは?」

 なぎさと呼ばれたポニーテールの少女は口を尖らせた。

「なぎさも。みなこちゃん、いつもおりたたみがさ持ってたじゃん」

「朝まで晴れてたし、ランドセルが重たいからおいてきたの。どうしよう……」

 眉を下げるみなこの肩をポン、と軽く叩くと、なぎさは「にひっ」と歯を見せていたずらっぽく笑う。

「チャプチャプしながら帰ろ!」

 少し戸惑った後、優しく微笑むみなこの顔には愛らしいえくぼが表れていた。

「……そうしよう!」

 少女たちは先程とは一変して、誰よりも楽しげに駆け出していく。水たまりは二人の靴に弾かれ、白く泡だった飛沫をあげる。

 下校する他の児童にぶつかって迷惑そうな顔をされるのにも靴や洋服が汚れるのにも構わず、二人は絶えず黄色い笑い声をあげていた。


「ただいまー。ママー、おやつー!」

 家に着くなり玄関で濡れた靴と靴下を脱ぎ捨てたみなこは、自分の姿も省みずに母を呼ぶ。

 声に応える者はなく、叩きつける雨音がザアザアと続くだけ。

 無人の家に慣れているみなこは「なーんだ」と呟き、靴を揃える。次に脱衣場で、水を含んで重くなったワンピースを脱ぐと、軽く絞ってから洗濯機に放り込んだ。

 髪は適当にタオルで乾かして薄桃色のドット柄の寝巻きに着替えると、無機質だが掃除が行き届いたリビングへと向かう。

『おやつはなぎさちゃんと分けて食べてね』と書かれた母親からの置手紙に目を通し、食器棚の丸いクッキー缶に手を伸ばす。

 数種類のクッキーの中からバタークッキーを一枚選び、小さな口でモサモサと咀嚼する。

 チープな甘さとほのかなバターの香りが後を引く。家に常備されている市販の安いクッキーだが、みなこはこれが大好物である。

 ママが昼間にいないのは、“パートタイム”というものに出掛けているかららしい。

 そしてパパが長いこと家に帰ってこないのは、“タンシンフニン”だかららしい。

 幼い彼女にはそれらの意味はわからないし、深く考えようともしない。誰に言われたからではなく、純粋に必要がないから。

 ガチャリ、といつものように玄関が来客を知らせる。チャイムを鳴らさない人物といえば、強盗でなければ一人しかいない。

「みなこちゃーん、あっそぼー!」

 呼びかけられたみなこは「うん、あそぼー」と木霊のように返事をする。

 だらしなくずり下がったソックスに包まれたなぎさの細い足が、踊るように廊下を滑る。滑った場所には、濡れ雑巾で拭いたように水の跡が残されていた。

 黄色いパーカーは絞ったものをまた着たのか、水は滴ってないものの濡れたままでクシャクシャのシワができている。

 みなこが着替えを貸すからパーカーを脱ぐように促すも、なぎさは「平気平気! おかーさんに叱られちゃうもん」と無邪気に断った。

「なぎさちゃんのママは厳しいんだね」

「そうかなー。優しいよ? ねえねえ、なぎさお腹すいた! ちょっとだけならおかーさんに叱られないからなんかちょーだい!」

 夜ご飯が食べられなくなっちゃうからねえ、と返すとみなこはクッキー缶を指す。

「やったー! なぎさ、このクッキー大好き! そうそう、なぎさの家ではね、おかーさんがよく作ってくれるの!」

 なぎさはジャムクッキーを勢いよく口に放り込むと、味わうようにしばらく咀嚼する。

「……うーんっ、おかーさんのクッキーの次くらいにおいしーい!」

 そう言いながらも彼女は、次々と口に入れている。そのうちに“ちょっとだけ”を思い出したのか、伸ばしかけた手を引っ込めた。

 口をモゴモゴと動かしながら、なぎさはみなこに問う。

「なにして遊ぶー?」

「お絵描きはどう?」

 みなこはテレビ下にある引き出しから取り出した、画用紙と色鉛筆をテーブルに並べる。

「よーし! なぎさ、お絵描きはとくいだよ!」


 一時間ほどして描きあげたみなこは、満足気に画用紙を持ちあげて「できたっ」と嬉しそうに目を輝かせる。

 彼女の画用紙には色とりどりのチューリップ、鮮やかな色遣いをした店、笑顔の人々。

 幼い少女が思い描く、ありふれているが夢の溢れる、綺麗で楽しいだけの色彩の世界が広がっていた。

 一方でなぎさもただ黙々と、デフォルメされた母子のようなもので、画用紙をひたすら埋め続けている。それは笑顔で手を繋いでいたり、一緒に料理をしたりといった、微笑ましい光景ばかり。

「……昨日ね! おかーさんといっしょにカレーを作ったんだ!」

 赤いワンピースを着せられた“おかーさん”と思しき誰かと、黄色のパーカーを着た少女。

 色鉛筆をザカザカと走らせるて“おかーさん”の話をするなぎさをぼうっと見つめながら、時々相槌を打つみなこ。

 ふと、みなこの脳裏に母が念押しする姿が浮かぶ。

――あの子は“かわいそうな子”だから、これから先になにがあっても、なぎさちゃんのそばにいてあげるんだよ。

 みなこはなぎさとずっと仲良くすることにも母親の言葉にも疑いを持たず、コクコクと首を縦に振る。

 母の言う“カワイソウナ子”に含まれる意味は、幼いみなこには想像ができなかった。

 雨は止む気配がなく、遠くからはゴロゴロと雷の音が聞こえていた。

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